2017年06月02日

ロックの豚野郎(作詞・作曲:真島昌利)



この歌からはマーシーの「怒り」を感じる。

当時のマーシーは、本当に尖っていた。
最初組んだバンドに「ブレイカーズ」という名前をつけちゃうくらい、尖っていた。


なんとなくだが、この曲の裏側にある感情として「ドン引きさせてやる」
というのがあるきがする。

というのが、「このくらいでドン引きするんだろ、お前らは。
まともなふりをして、まともな顔をして、
当たり前のようにドン引きして、優位に浸っているんだろう?
面白みのない人たち」
、というような。反抗心。


この曲を、より進化させて、表現をソフトにしたのが、
マーシーのソロアルバムの曲、「かしこい僕たち」なんじゃないかと思っている。



是非とも、聴き比べてみてほしい。



俺は建前を使うぜ
俺はポーズをつけまくる
俺はこの場をやり過ごす
俺は誰かになりすます

本当のことは誰にも言わない

俺はコロコロと変わるぜ
臨機応変に変わるぜ
デタラメなこと言いふらし
イメージをでっちあげるぜ

本当のことは誰にも言わない


純粋な心で生きてきて、それが何かのタイミングで
打ちのめされて、立ち上がれなかったり、汚い場面を見て
それで自らの心を変えてしまった、
まるで不良になるプロセスのような状況が想像される歌詞だ。

ぐれてやる!!みたいな。
でもそこで、ヤンキーの暴力に走るのではなくて、
こういった音楽=パンクスタイルに走ったのが、ブルーハーツの根底にあるだろう。

音楽という表現による、一種の反抗。

また、「チャックベリー」を意識した歌だとも言われているが、
チャックベリーにあまり馴染みのない自分からするとよくわからないため、
その主観は排除して聞くことにした。

ただ、この「ジョニー・B・グッド」という曲は、どことなく
この曲と似ている・・・もしかしたら、この曲をリスペクトカバーしたものなのかもしれない。





俺は酒飲んで暴れる
俺はドラッグをぶちこむ
LSDをやりまくる
俺はロックの豚野郎

本当のことは誰にも言わない

これは、放送禁止すぎる(笑)
LSDというのは念のため解説しておくと、
ドイツ語「Lysergsäurediethylamid」の略称である覚せい剤。

酒飲んで暴れるまではまだギリセーフだけど、
ドラックぶち込んでLSDやりまくるって、
完全にアウトw

放送禁止用語がマーシーは結構好きなのか、
自然とそうなってるのかはわからないが、他の曲にも出てくる。

ブルーハーツ・終わらない歌「キチガイ扱いされた日々」

ハイロウズ・ガタガタゴー「落ち着かないなら 大麻でも吸えよ くたびれたんならシャブでもやれよ」

ちなみに、この作者のマーシーは本当にドラッグをやっていたわけではなさそうだが、
マーシー違いの田代マーシーは本当にドラッグをぶちこみまくってしまったようだ。

まあこういうのを見ると、未発表にせざるをえないな(笑)
発売したとしても、この節だけずっと「ピー」になってしまう。


俺はロックのペテン師で
世界がさかさまに見える
お前はえらそうにしてる
音楽に点数つけて

本当のことなんかなんにもねえ

この「ペテン師」と「ロック」
この30年ぐらい後の現在、「ペテン師ロック」のタイトルでクロマニヨンズから
シングルがリリースされた。
しかも、作詞作曲はヒロトで。



この、昔使っていた、歌っていた言葉でも、全然違う感覚で使われているクロマニヨンズのそれが、
アーティストとしての様変わりを端的に表している。

そして、さらにバンドも変わるけど、ブルーハーツ解散後にヒロトが一時的に組んだバンド
「ヒューストンズ」の「ヒューストンロック」という曲がある。

この曲を初めて聞いた時に、なんか聞いたことあるな、と思ったら、
この「ヒューストンロック」にも似ているな、と感じた。



このメロディが頭の中にあって、それでヒロトが知らずのうちに作った歌?

そんな想像もしてしまった。
posted by 荒井コウスケ at 22:24 | Comment(0) | 未発表曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

幸せのブルース(作詞・作曲:甲本ヒロト)



ヒロトの個人的な持ち歌らしい。


86年「人にやさしく」と名付けられたライブで、ギターをマーシー、河ちゃんが担当し、
ベースを梶くんが弾いて歌われ、これ以外には歌われることはなかったそうだ。

カントリー調の、明るく前向きな歌詞はブルーハーツ初期に見られた青年の衝動を感じ、
未発表曲には割と暗めのテイストが多い中、唯一楽しさだけを感じる曲。


「幸せ」なんて言うと、最後のブルーハーツからは違ったニュアスンを汲み取りそうになるが、
いろんな幸せ、それぞれの幸せがあっていいんだと思う。


ヒロトはどういう気持ちでこれを作ったのだろうか、と思考を巡らせる。



友達と仲良く旅に出よう
友達と仲良く旅に出よう

むずかしいことが多すぎるから



何かに悩んだり、葛藤を感じていたのだろうか。
難しいことが多すぎるから、と言っているあたり。

それで、どこか遠くにいって気分をリフレッシュしてえなあ、
そんな風に思ったヒロトがそのままの勢いで作った曲のような気がする。

ヒロトはよく言うけど、歌詞と言葉が同時に出てくるということで、
これもなんとなく鼻歌で歌っていたらできた、
そんな雰囲気を感じる。




僕たちは幸せになれるよ
僕たちは幸せになれるよ

今も幸せになりかけているじゃないか


まるで自分に言い聞かせているかのような歌詞だ。
かなり、当時のヒロトは今のように晴れやかに歌い切るという心情ではなく、
何か鬱屈した心情から言葉を絞り出すようにして歌っていくという泥臭い
決意のようなものを醸し出している。

これも、クロマニヨンズで歌われる「今日は最高」の時よりも、
もっと、「迷いの中にある、信じたい希望」のような、
抜け出したい暗闇を歩いている、そんなテイストを持っている。

クロマニヨンズでは、「雷雨決行」の中で、
真夜中何度も 何回も 暗闇の中を手探りで
ドアノブを求めつまづいた とにかく出口が欲しかった


と歌われているが、この歌が作られたあたりの時期を指しているのではないか、
と感じる。

幸せになれるんだ、そうやって信じて生きていこうとする、
少年味のあるヒロトの姿が残っている。

ちなみに、幸せの説明でいくと、ヒロトは言葉として残しているものがある。

「幸せを手に入れるんじゃない。
幸せを感じる心を手に入れるんじゃ。」




花を見たり小鳥を見たりしよう
花を見たり小鳥を見たりしよう

自動車よりキレイだと思うから

都会の生活に疲れていたのか?
自動車を持ってくるあたり、地元岡山ではでてこなかった歌詞のように思う。

花や小鳥という自然物の歌詞を持ってくるのは、過去の体験=田舎暮らしの穏やかさ
に懐かしみを覚えたり、少年の時とは変わった環境へのギャップを紡いでいると
思われる。


法政大学に受かって、上京してから数年が経っているはずだから、
もう都会にも十分慣れている頃だ。


この歌詞にも、リンクする言葉がある。

「その人の心が自由じゃなければどんな野山に放たれても自由じゃないと思う。」


どこに行っても、実は結局自分が幸せや自由を感じていなければ
変わらない、それはわかっているんだ。

だけど、それでも旅に出たい。

そういう矛盾に似た気落ちを抱えながらの歌だと思う。


フンフンフンフンフンフンフフフフフフフフフン



最後、あえて鼻歌のままにしているのは、鼻歌を歌う気分の気軽さ、
こんな雰囲気で旅をしていきたいんだ、
そんなヒロトの気ままな心情を読み取ることができる。


この歌、正式にきちんとレコーディングすればそれなりにいい曲として
受け継がれていくと思うんだけどなあ。

未発表曲、そんな曲ばっかりだ。

尾崎豊とかも死後にたくさんの未発表曲が出てきて、
とてもいい曲があるのには驚く。

だけど本人からすれば何か、納得がいってない部分があって、
理由があって未発表なんだろう。

ただ、後年の名曲「TOO MUCH PAIN」とかはマーシーが、
アルバムに収録しなかったのは、忘れていた、に近い、と言っていたくらいだから、
あまりこだわりなく発表していない可能性もある。

であれば、思い出して、収録し直すのもいいんじゃないか、と浅はかな今後の発表に期待を寄せてしまう。
posted by 荒井コウスケ at 22:55 | Comment(2) | 未発表曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

お前の宇宙に入れてくれ(作詞・作曲:真島昌利)



なんでこれを未発表にしたんだろう?
と思われるくらい、いい曲。

いい曲、というのを何を持っていいとするか、が重要だが
普段のブルーハーツの世界観とは少し異なる、ゆえに新鮮味があり、
デビュー当時の歌の中ではひときわシンプルに構成されて
ヒロトの泥臭い声がマッチしている歌詞でもある。

ただ、マーシーの作詞作曲の中で、マーシーがブレイカーズで歌っていそうな雰囲気を
持っていて、その辺がブルーハーツとしての色と異なったから未発表で終わらせたのかもしれない。


この曲が収録されていたら、歌い継がれる歌になっただろうな〜と勝手に一ファンとしては想像してしまう。結婚式で流す人とかもいそうだ。

ラブソングと捉えるのが一般的だろうが、
それ以外の関係性でも成立する、人を思う、純粋な心を歌っている。


ときどき ひとりぼっちがさみしくて
わかりあえてるふりをする

ときどき ひとりぼっちがつらすぎて
信じあえてるふりをする


「ひとりぼっち」・・・この言葉を、彼らはよく使う。
浮かんだのは、「チェインギャング」

ひとりぼっちが怖いから、半端に成長してきた


マーシーは、言いようもない孤独と対峙して、その中で考えを深め思考し、
そこから湧き出たメロディや歌詞が、作品になっているんだろう。

クロマニヨンズでも「ボッチ」の中で、

ひとりぼっち 太陽もひとりぼっち


と繰り返している。

ハイロウズでは「そばにいるから」の中で

意地悪な王様が 二人のじゃまをしても君を一人ぼっちには させやしない


「ピストン<」/strong>の中で

何するんでもひとりぼっちじゃ 部品の足りない 不完全な単気筒


ブルーハーツでは、チェインギャング以外にもたくさん使われている。

「終わらない歌」

ひとりぼっちで泣いた夜


「1985」

僕たちをひとりぼっちにさせようとしたすべての大人に感謝します


「ハンマー」

夏を告げる雨が降って 僕は部屋でひとりぼっち


「夕暮れ」


ひとりぼっちじゃないぜ ウインクするぜ


これだけ、ひとりぼっちという言葉を使っているアーティストはいるのだろうか、
というくらいに、たくさん使っている。それも、マーシーだけってわけじゃなく、ヒロトの作詞でも
使われているのが興味深い。


お前の心なんてわからない
わかったふりはしたくない

そうしてお前のことを考えて
少しでもわかろうとする


人の心なんて、わからないと正直な気持ちを綴った。
それは、単純に、「気持ちがわかるよ」なんて言い切っちゃう安易な優しさよりも、
本当なのかもしれない。し、嘘をつくことを避けたのだろう。

でも、それがマイナスというわけじゃなく、だからこそ、知っていきたいんだよ、
とそのあとの歌詞で、「わかろうとする」と、前向きに考えている。

次にの歌詞に続く

ah〜お前の宇宙じゃ
Oh〜俺は何者だ
ah〜お前の宇宙に
Oh〜俺も入れてくれ


宇宙、とは、それぞれ個人ごとにあり、宇宙と宇宙の交流が、
人との関係なんだと。

これは、大きな、孤独を抱えるもの同士、つまりその誰もが逆らえない運命を共有しあって、
葛藤を抱えながらも、どうにか一体になろうとして、心の門戸を開こうとしている人間社会の
構図を描いている。

これは、現代の話ではなく、人類が生まれついたその時からの永遠のテーマだろう。

だがしかし、それゆえに私たちは孤独という共通点を持ってして分かり合えるのかもしれない。

だから、寂しいことではないんだと思う。


大事なお前と同じ夢を見て
同じように感じたい
大事なお前と同じところから
同じものを見ていたい


2番の歌詞からは、先ほどの少しでも近づき、一体となろうとする意思を歌っている。

メロディや曲の雰囲気からは少し寂しさを感じるが、
実際には、それだけで終わらずにこれから希望を持って、その目の前の「お前」ともっと
関係を深めて、分かり合おうとする意思表明、そこから始まる物語を予感させる。

普遍的なテーマで、その辺がブルーハーツらしく、未発表であまり音質の良くない音源しか残ってなかったとしても、
聞き継がせていきたい曲だ。


ちなみに、私はフォークシンガーの松山千春さんも好きなのですが、
これを聞いた時、彼の「愛って呼べるほどのもんじゃない」にとても似ているな、と思いました。(動画はカバーです)

posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(2) | 未発表曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする