2016年01月19日

平成のブルース(作詞・作曲:真島昌利)

(メドレーなので注意。最後が平成のブルースです)




マーシーの中でも最も反骨精神あふれる曲ではないだろうか。
この曲からは1980年代の、日本の若者が自らの身体で日本や周りを変えようとしていた、
泥臭くも真っ直ぐな気持ちが感じられる。


今のようにインターネットが発達していない、自分の声や言葉で表現して、ちょっとづつ
周りを変えていくしか無い中での戦いが感じられる。


よくわからないけど、この曲は「茶色」のイメージがする。

マーシーは静かにみえるけども、心のなかはめちゃめちゃ熱い気持ちをもっているんだな、
というのがわかる一曲。

出だし。


いつまでたってもおんなじことばかり
いつまでたってもなんにもかわらねえ
いつまでたってもイライラするばかり


「退屈な日常」のことなのだろう。
刺激がほしくてほしくてたまらない、若者の。
ブルーハーツの世間への意識、世界への意識は、最初は反抗であったことが
この曲からもわかるし、他の曲へもそれがこぼれている。

ブルーハーツのファーストアルバム「僕達をしばりつけて 一人ぼっちにさせようとした
すべての大人に感謝します」

がそれを表している。


お前がそんなに愛を語るから
そんなに立派に愛を語るから
オレの心は窒息するだろう

そんな中で純粋なことを真っ直ぐに語る人を見た時に、
自分では言えなかった言葉を聞いた時に、衝撃を受けざるを得ない
主人公の気持ちはこのようなものだろう。
愛を語ることに、窒息するというのはそれだけこの主人公も純粋で
愛のことを考えていたからだろう。




嘘をつかなけりゃやってられねえぜ
いいわけしなけりゃやってられねえぜ
バカのふりしなきゃやってられねえぜ


この歌詞からは、本当に様々なことをまじめに考えていた青年が感じ取れる。
いろんなことを適当にスルーできなかったんだろう。
最終的にこのように青年は大人になっていく。
小さな言葉も、嘘。真面目に考えていても、周りからは笑われたりして、
バカのふりしてるのがいいんだ、と言われているような気持ちになったり。

純粋だった心が折れた時にこのような心理状態になると思われる。


長渕剛の「キャプテンオブザシップ」に

あんな大人になんかなりたかねえと誰もがあのころ噛みしめていたくせに

という歌詞があるが、この主人公は「あんな大人」になりかけている青年かもしれない。



ヒーロー目指せとお前がいうから
ヒーロー目指せとみんながいうから
ヒーロ目指せば嫌われちまった




これは、なんとなくでわかる。
ヒーロー=自分の信念を曲げずにつきすすむ、
と定義した場合、そういう人は
世の中の常識から反する形になることがあり、
それで煙たがられることがある。

そこのギャップに戸惑っていることではないか。


やな野郎だなとお前がいうから
やな野郎だなとみんながいうから
いい人ぶったらみんなにほめられた


また、その結果いろんなところで信念をまげたり、
細かいことをスルーするふりをしていたら、
みんながほめてくれた、という皮肉だろう。

「適当にごますっときゃいいんだろ」という真面目だった青年の
気持ち。



駄文をつらねていい商売だな?
お前には何も見えちゃいないだろ?
ディランのミスタージョーンズそのもの


これはボブ・ディランの1965年のアルバム『HIGHWAY&! REVISITED』に収録されている“Ballad Of a Thin Man”
(邦題「やせっぽちのバラード」)で歌われている人物で、
「ここで何かが起こりつつあるが、でもお前はまったく何が何だか理解できない」というように、世間や社会に背を
向けながら生きる人間の象徴として‘Mr.Jones’が登場し、その錯乱・混沌・絶望に満ちた日常をシュールな詞と共に
描写している。

で、ここでこういうことを言っているのは、マーシーの趣向を考えると、
「ミスタージョーンズそのもの」ということを、言いたかっただけのように思える。

それはビートルズが大好きなマーシーだからで、
ビートルズも同じように「ヤー・ブルース」という曲の中で、

「I feel so suicidal(自殺したい気持ちになるよ)
Just like Dylan's Mr. Jones
(ボブ・ディランの歌に出てくるミスター・ジョーンズの様に)」
と歌っているので、ビートルズっぽくしたかったのかな、
と個人的には思う。



被害者面して何言ってやがる
善人面して何言ってやがる
痛い目に遭わなきゃわからねえのか?


ここにも世間への怒りが存分に込められている。
自分だけが被害者のように振る舞うこと、自分だけが善人であるかのように振る舞うこと、
まずは鏡をみてみろ、と言いたいのだろう。



名誉白人がいいきになってら
なんて恥ずかしい人たちなんだろう


名誉白人とは?
(アパルトヘイト下の南アフリカにおける、日本人などの扱いを意味する語。
当時の南アフリカでは、白人を最上位とした制度が敷かれており、
黄色人種を含む有色人種は総じて差別対象となったが、
日本が南アフリカの貿易相手国として重要な位置にあったことから、制度上の措置として、日本人などが白人と同等の民族と見なされた。)


つまりは日本人から、日本人のスタンスを批判した曲である。

ただ貿易相手国というビジネス上のメリットだけで優遇されているのに、自分たちは黒人より上であるかのような
態度をとるような風潮に、そうじゃないだろ?と突きつけている。

これはマーシー作の青空で
「生まれたところや皮膚や眼の色で一体この僕の何がわかるというのだろう」
「こんなはずじゃなかっただろ? 歴史が僕を問い詰める」


という風に、よりソフトに表現されているものと同等のものだろう。



お金があったら社長もこわくねえ
お金があったらサセンもこわくねえ
お金があったら首もこわくねえ

お金があったら差別もこわくねえ
お金があったら地上げもこわくねえ
みんながお金の言うこと聞くから


最後の「みんながお金のいうこときくから」にすべてが現れているだろう。
先ほどの名誉白人もその一つ。



強行警察問答無用さ
強行警察いつでもそうだろう
問答無用で君たちは首だ



これは、警察だけにとどまらず国の体制の恐ろしさを説いているのだと思う。
強行警察と表現しているのは、これも人種差別のことじゃないか。

黒人に対して、強行突破し警察という正義の名のもとに公然と殺人が行われる。
白人の警察が、黒人に対して許されるという国の体制自体に、何かがおかしいんじゃないか、
と言っている。

問答無用で君たちは首だ、はマーシーの心の声だろう。


中流意識をまだ気取るつもり
3%で見えも吹っ飛ぶさ



これは昭和の最後に消費税法が成立し、年号が昭和から平成になった瞬間に、
3%の消費税がつくようになった当時の状況を表している。

中流意識は、自分が「下流ではない」という背伸びの気持ちであり、
その見えを張った意識が、たった3%の消費税によって、
下流だと認めざるを得ない状況になるんだよ、と示唆している。
これは現在の10%導入についても言えるかもしれない。


オレにはコミック雑誌なんていらねえ



この言葉は1986年に発表された内田裕也主演の
「コミック雑誌なんかいらない!」を意識しているだろう。




そしてその裏には、この世界時代がギャグみたいなものだから、コミックにしておもしろおかしくする必要なんか、ないよ、
という、またこちらも皮肉が込められているだろう。

頭脳警察というバンドも同タイトルにて曲を発表している。





ロックンロールスターになりてえな
ブルーハーツの真似すりゃいいんだろ


そして最後に決め台詞をもってくるあたりがやはりマーシーらしい。

ロックンロールスターの代表といえば、ブルーハーツだろ、と世界に対して
怒りに満ちたような言い方で歌詞にしたんだろう。

これを歌詞にすることで何を言われようと「信じた道をいく」という覚悟が感じられる。


この曲の解説、かなりいろいろ調べました(笑)


posted by 荒井コウスケ at 23:00 | Comment(5) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

シンデレラ〜灰の中から〜(作詞・作曲:河口純之助)

これは、そのまま「シンデレラ」のストーリーに沿って、
自分の(河ちゃんの)日常にあてはめた歌詞なのではないだろうか。

AC_12ILAV23.jpg

サブタイトルの灰の中から、というのはシンデレラ自体の意味が
「灰かぶり」という意味があり、それを河ちゃん流にアレンジしているのだと思う。

出だしは河ちゃんが歌っている。


流れる雲よ 思い出よ
時は過ぎ去っていく
ふるえる心のまんなかに
おかしなぼくがいる

この部分は回想的な部分で、
もしかしたら、王子が靴だけ置いていったシンデレラを
探しだす前の心境なのか?とも捉えてしまった。

その次

シンデレラ

ここにずっといたくてもいられない

シンデレラ

口に出せないことが多すぎて
素直になれやしない


つまり午前0時になると魔法のドレスが解けてしまうという、
のが、ずっといたくてもいられない、ということで、
口に出せないことが多いというのは
本当は舞踏会に参加できなかったけど、魔法によって参加していることや、
普段継母からいじめられたりしていることなのではないか。

だから王子のもとへ行きたくても行けない、シンデレラの中のもやもやした
感情。
それを河ちゃんの日々へ置き換えているのかも。


シンデレラ
涙流したあの日が蘇る
シンデレラ
今じゃ失うものが多すぎて
素直になれやしない


いろいろ日々の辛かったことを思い出しているシンデレラの心境。

失うものが多すぎて、というのは日々のことだろうか。
先ほどの王子へのもとにいきたい、という想いだろうか。


きれいなドレスが気になると
気持ちは踊れない
ガラスの靴は冷たくて
まともに歩けない

裸足のままじゃ傷ついて
どこにも行かれない
ガラスの靴は冷たくて
まともに歩けない

きれいなドレスが気になるのは、普段着ているものと違うから?
だから気持ちは乗ってこない、ということだろうか。

また、ガラスの靴の冷たさに言及したのは斬新だと思った。
たしかに、冬とかめちゃめちゃ寒そう(笑)
夏は逆に汗吸収しないので滑りそう。あとすぐヒビとか入りそう。

ただここでいいたいのも、そのガラスの靴、というのも普段とは違う靴だから
いつもの歩き方ができないよ、と言っているのかもしれない。

しかしその後は裸足のままだと傷ついて待ってどこにもいけない、
と言っているので普段の状態でもそれはそれで駄目だ、と。


涙はそのうち乾くでしょう
痛みはとれるでしょう
心配してもかわらない
それならはじめましょう

今までの歌詞は
最後のこのフレーズがいいたかったためにあった前フリのような気がしている。
要は「とにかくはじめよう」ということ。
今までの涙や痛みはいずれなくなる、そして心配したって何も変わったことなかったじゃん、
ってこと。


よくある流れではある。


解説をするまではあまり聞かなかった曲のうちの一つではあるが、
もともとよく友人がカラオケで歌う曲ではあったので、友人バージョンのシンデレラのほうがよく知っていた、
という自分的には特殊な一曲。

posted by 荒井コウスケ at 23:00 | Comment(3) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

英雄にあこがれて(作詞・作曲:甲本ヒロト)



ブルーハーツ初期特有の、反抗的な青年の心情をモロに表現した一曲。


そしてこれは表面的にはまじめに見えるけども、実際は反抗心で満ちている青年の心情に近いのではないかと推測する。

何かやらかしてみたくてエネルギーがありあまっているような。


中学校から高校にかけて、その最中にいる人にめちゃめちゃ響きそうな一曲。
今聞いてみると、少し青いな〜とも思う。
若干、この曲からは痛みを感じる。悲痛な叫びのような。

その辺が終わらない歌とか未来は僕らの手の中から感じられるような勢いは感じられず、
前向きなスタンスとは異なっている。

故に、カップリング曲として収録されているのかもしれない。


そして、マーシーが書きそうな詩だなと個人的には思っていたが、作詞はヒロトである。


出だし

おしまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ

いばらの道を見つけ出し 靴をぬぎすてる



男はこういった心情になる人も多いかもしれない。
あの人、を惜しむように死んでいく英雄になりたい。生まれたからには偉大な死に方をしたい。
そんな青年の純粋な気持ちが表現されている。

ただし、ブルーハーツ解散後に組むバンド、ハイロウズの「即死」という曲の中では、

「振り返りたくもない 考えたくもない 涙はいらない 即死で頼むぜ」
「厳かはいやだ くだらないほうがいい 笑えりゃなおいい 即死で頼むぜ」

https://youtu.be/yOlrBnF1dfk

と、死に方については「即死」を希望している。これは心情の変化だろう。
おしまれたかったけど、それすらどうでもよくなっている。

ローリング・ジェット・サンダーという曲でも

「死んだら死んだで関係ないぜ ちょっとそこらに捨てといてくれ」

と死んだ後のことはどうでもいいスタンスになっている。


いばらの道を見つけ出し、というのは、平和な日常に飽きている心情が読み取れる。
わざわざ、いばらの道に行きたくない人もたくさんいるし、平和を求めて人は戦ってきたわけだけど、
そこに飽きちゃうのもまた人間だということか。

靴を脱ぎ捨てる、というのはさらに過酷な状況に身をおこうとしているのだろう。

これをきいて思い出すのが、ヒロトがどこかの雑誌のインタビューでこんなことを発言していた。

「余裕がなきゃ駄目だよ。
だから、僕は、飽食の果ての飢餓だと思う。
飽食の果ての飢餓が、ロックンロールにおけるハングリーってやつでしょ、
お腹が空いたハングリーとは違うぜ。
ハングリー精神っていうのと、貧乏は関係ないよ。
貧乏な人がハングリー精神っていったら駄目だよ。
まず金稼いでから言えよ。
うん、ハングリー精神っていうのは、
満ち足りてる人の中に芽生えるものだよ。
着るものもある、家もある、ギターだって買える。
だけどさ、足りねぇんだよ、これが、っていうのがロックンロールじゃん。
うん、貧乏人にはロックンロールはできないよ。」



つまり、平和の果ての戦争、みたいなことなのか、言い換えると。
平和だからこそ、宣戦布告をする。

次の歌詞がそう。


あんまり平和な世の中じゃ かっこわるすぎる
ああ 宣戦布告 手当たり次第



若い頃はこのへんに没入できたが、いまきいてみると、あんまぶっそうなこと言うなぁと思ってしまう(笑)



そうですこれが 若者の・・・ 英雄にあこがれ



この歌詞の若者の・・・の後に何が来るのかがわからないところがミソ。
うまい。聞き手に表現を委ねており、ふくらみのある歌にさせている。

個人的には、若者のはやり、とかかな。しっくりくるのは。



音も立てないで過ぎていく やり直せない日々
運動場のはしっこで 悪魔を育てよう

誰にも気付かれないように 食べ物を少しわけてやる
金網の中で大きくなれよ 




この、「音も立てないで」がまさに飽きている心情を表現している。
要は刺激が足りないんだろう。

そしてそんな刺激のたりなさに嫌気がさし、悪魔を育てるという
半ばグレた不良のような気持ち。だけどそれを、表立って行動してるわけじゃない。
それがわかるのが、運動場のはしっこ、という表現。

不良は運動場のど真ん中で悪魔を育てている、と言えるだろう。
しかし、不良でもない人間の悪魔の育て方は周りの人に見えない形で
育てるものだ。

ちなみに、この運動場という表現が学生生活の場面を確定させている。

これは青少年の心理にもよく当てはまるだろう。
不良じゃないのに万引きしてたりするし、え、こんな子が?という。


周りの人のインタビューで、そんなことをする子には見えなかった、
という犯罪を犯してしまった青少年についての報道がされるが、
まさにこれだろう。


月曜の朝の朝礼で 手首をかききった
運動場のはしっこで 悪魔が笑っている



これは、月曜というのもポイントだろう。
よく自殺者は月曜に多いと言われるが、休み明けの仕事の憂鬱により、
命を絶つらしい。

この主人公は自殺ではないが、リストカットを行った。朝礼でそんなことをやるなんて、
皆に注目されたかったのだろうか。

かなり痛々しい心情を歌にしているけれど、こんなことは学生生活でよくあるかもしれない。
表現の方法はリストカット以外でされているケースが多いが。
ちょっと不良っぽい格好をしてみたり、タバコ吸ったり、万引きしたり。
平和なんだけどなんか違うんだよな、っていう。

ただ、個人的にはこの遊びにはまるのはよくないと思っている。
誰かに心配されたくて自分を傷つける人間になってしまうため。


この過程を通りすぎて人は強くなっていくんだろう。


青少年心理をよく表現した一曲。
posted by 荒井コウスケ at 09:56 | Comment(2) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする