2015年12月22日

キスしてほしい(作詞・作曲:甲本ヒロト)


ブルーハーツの中でも最も有名な曲のうちの一つ。

そしてブルーハーツはあまりラブソングを歌わないが、これは珍しく完全に
、かつわかりやすーいラブソングだ。


数々のアーティストにカバーされている。
シンプルかつストレートで、どんな人が歌ってもそれらしく感じられるからだろう。

だって、サビがキスして欲しい×4ですから。

中の森バンドとか、メロン記念日とか、女子がカバーする傾向にある。

女子が歌うと可愛く聞こえる。


そのままほんとにこれは文字を受け止めればいいけれど、
自分なりに解釈してみる。


出だしはサブタイトルになっている言葉。


トゥートゥートゥー・・・



なぜ、「トゥー」なのか。
まあ、全く理由はなく「なんとなく」なんだろうけれど、
「ヘイ」でも「ウォウ」とかでもいいのに、
「トゥー」を持ってきたのはめちゃめちゃ斬新。

ブルーハーツ以外で「トゥー」を使っているバンドあるのかな、というくらいに。

ちなみに、これをきいて思ったのが、アーティストそれぞれ特徴があるな、と。


例えば長渕剛であれば「ぴぃ」を先頭に持ってきたのは新しい。

ろくなもんじゃねえ↓

https://youtu.be/PUbr9KbrcCU

CHAGE&飛鳥はサビに
「Yah」をもってきた。


一昔前のあやまんジャパンは「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」をサビに。(オリラジ藤森VER)



でもやっぱりクロマニヨンズの
「ビリ」(夢の島バラード)が個人的には好きだな。



とまぁ、こういう細かいところを考察していこうと思う。




どこまでいくの 僕達今夜
このままずっと ここにいるのか
はちきれそうだ 飛び出しそうだ 
生きているのが 素晴らしすぎる



これは相当嬉しいに違いない。その人と一緒にいることが。

そしてどこまでいくの、とわかりきっていない状況が説明されていることから、
新鮮な感情を抱いている。故に付き合う前の気持ちなのではないか。

心臓が飛び出るくらいの、ワクワク感で
今この瞬間が生きているのが素晴らしすぎると思えるくらいの
嬉しさをヒロトの言葉で表現したらこうなったんだろう。




キスしてほしい

二人が夢に近づくように キスしてほしい



二人が夢に近づくように、はロマンチックであり、
二通りの解釈ができる。


「夢に近づいているかのように」



「夢に近づくために」

か。

まあどちらでも大差はないし、その人の受け取り方なんですが。



もう動けない 朝がきても
僕はあなたの そばにいるから
雨がふっても 風が吹いても
僕はあなたを 守ってあげる


これは、たとえ動けないくらいの朝がきたって、
そばにいてあげるよ、という優しい心遣いなんだろう。


次が、なかなか青い。

教えてほしい

終わることなどあるのでしょうか
教えてほしい


この二人の関係って終わることなんてあるのだろうか、
というくらいに今の瞬間が輝いているということだろう。
そのくらい、そんなことありえないだろうから、
教えられるなら教えてみてくださいよ、というような嬉しさ抜群のニュアンス。

実際、自分がコピーバンドをやっている時もこの曲をカバーしていましたが、
すごいバンドやってる感を感じられる曲でもある。

途中で河ちゃんの「fu〜」とか、
ハモリのところとか。

ギターもベースも非常に簡単なコード進行なので、ギター初心者とかバンドやりはじめの時は
練習に良いかもしれません。



ちなみに、こんなにカバーされてました↓












これはワロタw↓




posted by 荒井コウスケ at 23:00 | Comment(6) | YOUNG AND PRETTY(2th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

ラインを越えて(作詞・作曲:真島昌利)



この曲のタイトルをきいて、
自分はライン=国境だと思っていた。


国同士の争いをかけて、後ほど出てくるジョニーの話もそうだけど、
「チェルノブイリ」で出てきた、「誰かが線をひきやがる」
が頭にあった。





しかし、それだけではなくいろいろな場面で当てはまる
「境界線」というようなものだと思う。

そして、越える、という表現をされているので、
そこから一歩動いて現状を打破する、という想いも入っているだろう。


出だし


いろんなことを諦めて
言い訳ばっかりうまくなり
責任逃れで笑ってりゃ
自由はどんどん遠ざかる



挑戦しない理由を正当化することを続けていくと、
いつからかその技術だけが上達し、
挑戦しない自分を正当化し、
それにともなって指示待ちをするだけの人間になってしまう。

自由とは責任だ、という言葉があるけれど、
それをうまく説明した歌詞。


金がものをいう世の中で
爆弾抱えたジェット機が
僕のこの胸を突き抜けて
危ない角度でとんでいく


このへんの表現もすこし、ライン=国境なんじゃないかと思わせる。
爆弾抱えたジェット機が、というのはつまり空爆だろうか。

最近の世界情勢でもよくそんな場面が見受けられるが、
金が物をいう、というのは先進国が途上国を支配している雰囲気か、
考え過ぎか。

またそれを自分の胸に置き換えているというのは、
それによって自分の心へもダメージを与えた、ということだろう。

危ない角度というのは、今にも墜落して爆発を拡大させろうな、
そんな不安感を醸し出している。




満員電車の中 くたびれた顔をして
夕刊フジを読みながら
老いぼれてくのはゴメンだ



これは、ラインを越えなかった結果を皮肉っているのかもしれない。

満員電車の中で疲れきって、人の不幸話をまとめたような週刊誌に
目を通して自分だけはマシだといい気になっているけど、
現実は何も変わらない場面。
サラリーマンが毎日仕事がイヤダイヤダといって通勤している姿に何かを
思ったのだろう。

マーシーはバンドマンをやっているからこの状況にはなっていないけれど、
きっとどっちみちサラリーマンにはなっていないと思われる。
この感情が突き動かして、バンドマンをやっていなければ、
他のやりたいことを極めて職人のようになっていたのではないだろうか。




生きられなかった時間や
生きられなかった場面や
生きられなかった場所とか
口に出せなかった言葉



この生きられなかった、というのは自分の意志で動けなかった
ことを指しているのではないか。
余計なしがらみや関係に縛られてしまって、
言いたいことが言えなかったり。
それが、口に出せなかった言葉、じゃないか。

もしくは、もっと昔の過去を思い出しているのかもしれない。

自分が生きてこなかった歴史に、思いを馳せているのかも。



あの時ああ言えばもっと
今より幸せだったのか
あの時ああすればもっと
今より幸せだったのか
机の前に座り
計画を練るだけで
一歩も動かないで
老いぼれてくのはゴメンだ



これも続いていって、自分の意思を貫けなかったこと、
過去を悔やんでいる。

でも、じゃあそれは変えられたことなのかよ?
今からでも変えられるのかよ?
そんなわけないだろ、というような自分自身への反省もこめられているように思う。

つまり、過去は変わらない、ということ。

そして、あんなこといいな、とただ妄想しているだけで
何もせずに老いぼれていくのだけは避けたい、と明確な意思を突き出している。

マーシーは穏やかそうに見えて実はものすごいアグレッシブ。




僕がおもちゃの戦車で
戦争ごっこをしてたころ
遠くベトナムの空で
涙も枯れていた


場面がかわって、幼少の頃のマーシーと、
その時に世界でどんなことが起きていたのかの
対比が描かれている。


自分がやっているのは、誰も傷つかないただの
「戦争ごっこ」

一方ベトナムでは、本気の「戦争」
ベトナムの子供では、涙が出なくなるくらいに
悲しみに打ちひしがれた現実があった。


この場面は次に出てくる映画
「ジョニーは戦場へ行った」の、一場面だろう。

この映画は、幼いころに一回だけ見たことがある映画だった気がする。

今みたら、その現実に耐え切れないぐらいその後の価値観を変動させるぐらいの
映画に違いなく、見る日を選ぼうと思う。(そのくらい重い内容)

あらすじを簡単にいうと

ジョーと呼ばれる男が、最愛の女性と別れをつげ戦争に行く。
その戦争で、目、口、鼻、などすべての物を失うが、意識と性器だけがある。
どうしようもないくらいに思い出に縛り付けられる。

死にたくても死ねない、意識だけが、過去の楽しかったものを思い出させる。

そして、途中でジョーは考えることさえやめていく。

しかし途中でモールス信号というものが、人にSOSを伝える手段だと気づき、
練習するが、周りの看護婦からは痙攣したと思われ、伝わらない。

だけどクリスマスの日に、看護婦がジョーの胸に「メリークリスマス」と
文字を書くと、ジョーはうなずき、それで意識があるんじゃないか、
と看護婦は気づきはじめる。

最後はどうしようもなく救えないらしいが、忘れてしまった。

この歌詞は

これって、このちがいって何だ?
僕は悪いことをしているのか、
なんでそんな違う現実があるんだ、
じゃあ楽しんじゃいけないのだろうか、
今僕にできることはなにか、

そんな風に思いをめぐらしているんだと思う。

1337988410.jpg

ジョニーは戦場へ行った
僕はどこへ行くんだろう
真夏の夜明けを握りしめ
何か別の答えを探すよ
誰かがつかいこなす
ホンネというタテマエ
僕はラインを越えて
確かめたいことがあるよ

おそらく、ここで答えをみつけようとあがく
自分がいるんだと思う。
前述の、「何ができるんだ?」この現実に、というような。

ホンネというタテマエ、という表現は本当にある。
「ほんとだよ!」という嘘。

ラインは、その嘘とホントの境目も意識しているのかもしれない。


そしてこの曲はマーシー作だけど
「ライン」について語っているヒロトも印象的だったので、
それを引用させてもらう


『サボテンブラザーズ』っていう映画があるんですけどね。
あの映画のワン・シーンでものすごく感動的なのがあって。
テレビの中のヒーローだから、ほんとは役者さんなんですよね。
だから拳銃なんて撃ったことないし、
いつも空砲しか撃ったことないんだけど。
ある田舎町で、本物のヒーローとして迎えられちゃうんですよね。
で、あとへ引けなくなっちゃって、
本物の悪人とほんとの拳銃をもって闘う羽目んなるわけ。
服装はテレビのまんまのあのヒーローの格好で。
で、スティーブン・マーチンがねえ『俺はやるぞ』って言うの。
あとのふたりは『もう帰ろうよ、俺たち役者なんだから。
バカなこと言ってんじゃないよ』って。
スティーブン・マーチンだけはね『俺は闘う』っていって
地面にザーッと線を引くんですよね。
『偽者が本物になれるチャンスがきたんだ!』って、
で『このチャンスに乗るのか!
この線よりこっちは男だ、この線よりこっちは負け犬だ!』
みたいなことを言うんだよね。
で、結局三人ともその線を越えて、
その偽者が本物に変身する瞬間があるんですけど、
感動したなあ、あれはなあ。

(「甲本ヒロト・インタビュー」水道橋博士の「博士の悪童日記」2002年07月17日より)
http://blog.livedoor.jp/s_hakase/archives/110694.html
posted by 荒井コウスケ at 23:00 | Comment(5) | YOUNG AND PRETTY(2th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

チューインガムをかみながら(作詞・作曲:真島昌利)




聴く度、反骨精神を呼び覚まさせ、
本当のことをごまかすなよ、と言われている、
ブルーハーツの、ストレートパンクスタイルを貫いた一曲。



出だしはバラードかとおもいきや、一気に駆け抜ける、
爽快感あふれるナンバー。


青年期にかかえる、大人への怒りや社会などに訴えかけるような
詩が続く。

これが発売された当時の時代背景も重なっている。



出だしの詩、このゆっくりとした入り方とヒロトのボーカルがマッチしていて、
ここが聴きたくてこの曲をよく聞いた。

寂しさに打ちのめされて 悪いことばかり気になり
くずれてしまいそうな時 無理やり僕は笑うんだ


まさに、この状況に陥ったことがあったからだ。
そして今でもある。

もっと自分が若い頃にはこれが切実だった。
ずっとその悪い事に心が囚われてしまい、何をやっても
楽しくなかったりする。こういった経験は、きっと生きていればあるんだと思う。

でもすごいのはこういった場面を、すんなりと短い言葉でこうやって表現しているところ。


余談ではあるが、例えば辛い時に、作り笑いでも身体が楽しいと錯覚して、
笑っている時と同じ効果が体内の中では起こっているらしい。


だから、この行動は、そんなことは知らないブルーハーツでも結果的に理にかなっていることに。
無理やりでいいから、笑うんだと。





チューインガムを かみながら
ペチャンコにされてたまるか



チューインガムが何を表しているかというと、
ささやかな抵抗している態度だと思う。


直接的に言うわけじゃないけど、態度で反抗する。


ペチャンコにされてたまるか、というのは権力とかそういった
青年が問答無用で潰されかねない何かに抗う姿勢、をここで言いたいんだと思う。




疑問符背中に背負って 僕は毒づいてやるんだ
大人の顔してる人に 僕は毒づいてやるんだ



この辺の表現とか、もろに反抗している。

ここから読み取れる主人公の心境というのが、
「なめんなよ」ってことだ。

小さい存在だと高をくくっている、大人たち、
俺達だって見ているんだぞ、と。

これは、「少年の詩」にも似たようなところがある。

「言葉はいつでも クソッタレだけど 僕だってちゃんと考えてるんだ」

小さい存在だからといって、軽くあしらわれる自我が芽生えた後の
少年の葛藤がここに表れている。

ちなみに少年の詩はヒロトだし、この曲はマーシーなので、ふたりとも同じような考えを持っていることがわかる。もしくは、ブルーハーツをやっていくうちに似てきたのかもしれない。



セックス下手でもいいだろう?
ルックス変でもいいだろう?
ヴィックスなめてりゃいいだろう?
ソックス穴があいてるよ



ここは語呂合わせだろう?
●●ックスで統一したかったんだろう?



と〜だろう?で対抗してみました。



先生僕の教科書に 誰か墨をこぼしちゃった
先生三角定規じゃ はかれないものがあります



ここは名台詞、名歌詞。


学生時代において、一番わかり易い大人の対象である「先生」へ青年が
本質を投げかける。


表面的なことしか教えてくれない、表面的なことこそ本質だと誤認している
大人へ向けて、キラーフレーズが突き刺さる。


僕の教科書に〜のところは、最初きいたイメージでは学校でよくある問題で、
気づかないうちに自分の教科書が墨で汚されていて、
一体誰がやったのか犯人がわからなくて、放課後クラスに残されていて、
誰がやったかわかるまで帰れません!みたいなことを言ってるんだと思っていた。


でも、今回聴き直してみて、これは教科書=マニュアルの象徴、
という風に捉え直し、誰か、というのはロックンローラーが、自分の今まで生きてきた
固定観念(教科書)を壊してくれた、っていう深い意味があるんじゃないかと考える。


そうするとその後の三角定規じゃはかれないものがあります、も自然な流れになる。


角度や長さははかれても、人の生き方をはかることはできないよ、自分の大切なものを数字には
できないよ、そんな簡単なもんじゃないよ、と世に染まってキレイな思いを無くしてしまった
大人たちへまだ純粋な、必死で世の中の汚さにそまらないようにしている青年の想いがそこに
表れている。


あんまり知られていない曲ですが、自分の中ではかなりブルーハーツを好きになる後押しをしてくれた曲です。

posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(5) | YOUNG AND PRETTY(2th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする