2015年11月23日

テトラポッドの上(作詞・作曲:甲本ヒロト)

この曲は、歌詞の意味もわからないが、
自分がこの曲から感じるものをアウトプットするのもよくわからないが、
よくわからないなりに言葉にしていこうと思う。

トータルで言うと
「動き」

一説によると、ヒロトが釣り好きのために、その単純な理由でつくられたとのこと。


出だし


表と裏の
間に浮かぶ
白と黒との
間の色は


表も裏も、はっきりつかめない、グレーのような状態。
その中にしっかりと浮かび上がっている「流れ」
20.jpg

テトラポッドの上に立ってる

気まぐれな恋人の夢を見てる


ここで感じる雰囲気は「常に変わり続ける海」「移り変わりやすい恋心」
「現実のように確かではない夢」

と流れの中に身を任せているこの現在を吐き出している。


プラスティックの
外国製の
流線型の
罠にハマった



これは「釣り」に使うルアーのことだろう。
魚視点。罠にはまった、のは魚。

流線型って言葉好きなのかな?
クロマニヨンズではそのまんま「流線型」っていう歌があるし。


30ポンドのラインから
カーボンロッドに伝わってくる


この30ポンドは、釣り好きに言わせると、ものすごい大物をつりあげる時に使うほど
太い糸だそうだ。

自分もすこしだけバスフィッシングにはまったことがあったので覚えているが、
30ポンドは正直きいたことない。海釣りの本当に大きな獲物を狙う時のやつだ。

その糸を通して伝わってくる「魚のちから」がまた動きを感じる。



情け容赦ないフィッシャーマン
錨をあげろフィッシャーマン



つまり、魚にたいして情け容赦ないという場面を写している。
魚を可哀想だとは思わない、そのまま釣り上げる。



20世紀の終わりごろに僕達始まったばっかり



ここででてくる言葉がこの言葉なのが本当にわからないけど、
歌なんてわからないし、単発的なもののつながりがそもそも動きなわけで、

最終的にこれがいいたかったのか?とも思う。

まだまだ始まったばっかりだよ、という。

20世紀の終わりごろ、っていうのがヒロトらしい表現。

そして、この曲をきいて思うのがこの時のヒロトのボーカルが、
一昔まえの歌い方に戻っているような気がすること。


まるでファーストアルバムの時のような激しさを感じる。


スティックアウトのアルバムのレコーディングは別々の日に収録されたんだろう。
その時によって、声の感じがかなりかわる。


そんな楽しみ方もできるようになって、自分はブルーハーツ聞き込みができてきたな、と思うようになった
きっかけを与えてくれた一曲。



posted by 荒井コウスケ at 21:00 | Comment(3) | STICK OUT (6th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月07日

俺は俺の死を死にたい(作詞・作曲:真島昌利)



ブルーハーツの全曲解説もおかげさまでもう残り曲数が少なくなってきました。


意外とマーシーボーカルの曲が残っているので、
今回は「俺は俺の死を死にたい」です。


これはタイトルが強烈なインパクトがあり、一瞬、「え?」となります。
それは文法が日本語に則していないからです。


英訳を間違ってしまったときのような雰囲気をわざと出しているといえます。


どういうことなのかは、曲をきいていくとわかります。


死を考え、死にたくないという願望を言い方を変えているんだと思います。

きっと、死について悩まされた経験がマーシーにはあったんじゃないかと。

多くの人が抱える、絶対に死ぬという事実。そこに反抗をしたいということ。
死という単語を使われた曲は、ブルーハーツやハイロウズでは多い。

ハイロウズ「TOO LATE TO DIE」「死人」「即死」「不死身の花」「不死身のエレキマン」などタイトルにもあるが、
歌詞の中であれば

ブルーハーツ
「やるか逃げるか」

死んだらそれでサヨウナラ 安っぽいヒロイズム 嫌いじゃないもな

「ブルーハーツのテーマ」

諦めるなんて 死ぬまでないから

「すてごま」

いざこざに巻き込まれて 死んでくれないか


ハイロウズ「ミサイルマン」

自殺するのが流行りなら 長生きするのも流行り


「ローリング・ジェット・サンダー」

死んだら死んだで関係ないぜ ちょっとそこらに捨てといてくれ

「21世紀音頭」

失敗したら残念だけど 最悪でも死ぬだけだから

とおそらくまだまだあるはず。

出だし



誰かの無知や偏見で
俺は死にたくはないんだ
誰かの傲慢のせいで
俺は死にたくはないんだ



ここで明確な意志がはっきりする。マーシーは死にたくないということ。
死を死にたい、というのは死という絶対的な事実を消し去りたいということじゃないか。

そして自分のタイミングで死にたい、ということか。誰かに邪魔されることはなく。
「俺の邪魔はするな」という曲もマーシーは書いているし。


車輪の下で苦しむより
長い靴下をはいてる
ピッピと遊びに行きたいな
ほら男爵も誘おうか




マーシーは本当に読書家なんだとおもう。そして、海外小説も好きなのかもしれない。

1000のバイオリンでも、ハックルベリーが出てきたし、

このピッピというのは「長くつ下のピッピ」だ。


そして、「車輪の下」はヘルマン・ヘッセじゃないか。

ストーリーはなかなか苦しみの中からはいあがる、
という内容。ここで苦しむと表現されている
のに則している。


豚の安心を買うより
狼の不安を背負う
世界の首根っこおさえ
ギターでぶん殴ってやる




このフレーズを聴いて思い出すのが、尾崎豊の「BOW!」という曲。

「鉄を食え 飢えた狼よ 死んでも豚には食いつくな」

と、狼と豚がでてくるところが丸かぶりしている。


これは、狼が攻めの姿勢、豚が守りの姿勢の象徴で共通している。

つまり、豚のようにぶくぶく安心しきっていきていくより、
狼のように気高く不安でありながらも世界を切り開いていこう、
という攻めの姿勢の決意だ。

その証拠に、世界の首根っこをおさえてぶん殴るというかなり激し目の
決意が表現されている。



寝たきりのジジイになって
変なくだをぶちこまれて
気力も萎えきっちまったら
無理して生き延びたくはない




これはTHE WHOのフレーズ
「Hope I die before get old」(老いる前に死にたい) からインスパイアされているのか。

旅人の中でもこれは使われていたし。

でも、マーシーの本心だと思う。
即死がいい、と言っているし。
健康寿命のなかで行きていければいい、そう思っているんだろう。




いつか俺はジジイになる
時間は立ち止まりはしない



これは、嘆いているというよりも、この絶対的事実からは逃れられないんだ、
と言い聞かせるように歌っている。


だから、今この瞬間を楽しもう、そんなふうに僕には聞こえる。


ライブバージョンではこの部分はいつか君もクソババアになる、いつか君はうめぼしババアになると歌われている。
それが、ちょっと無理やり歌詞を入れたため、早口で歌われているのが、面白かった(笑)

マーシー節が炸裂した一曲。
posted by 荒井コウスケ at 12:09 | Comment(5) | STICK OUT (6th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月27日

すてごま(作詞・作曲:甲本ヒロト)







この曲はものすごい破天荒男の歌かと最初は思った。

でもよくよく聴いていくと、

その事を批判するのではなく、

最低最悪の批判される人間のつもりで歌う、といういわば究極の批判をこの曲でブルーハーツは体現している。

あいつは最低だ!というのではなく、最低なやつのやっている心情になって、歌う、という。

これは、アメリカのことなのか。あえてここはブルーハーツが伏せているように、自分も特定の政治感情は抜きにして解説する。

また、ハイロウズでは彼らは「アメリカ魂」にて痛烈なアメリカ精神を皮肉っている。

詳しくは曲を聴いて下さい。



これは、以前解説した「やるか逃げるか」の精神にも似てるかもしれない。

出だし

おろしたての戦車でぶっ飛ばしてみたい おろしたての戦車でぶっぱなしてみたい


(こいつの感情)

人の命なんてかんけーねーよ、マジでぶっぱなすのとか楽しそうじゃん?

ゴミみたいにやっちまおうぜ。



何か理由がなければ 正義の味方にゃなれない 誰かのかたき討ちをして かっこよくやりたいから


(こいつの感情)

とりあえずさぁ〜、俺、マジで正義の味方としてえらく扱われたいから、理由が必要なんだよね。

かっこよくなりたいしさ。

君 ちょっと行ってくれないか 捨て駒になってくれないか いざこざに巻き込まれて 泣いてくれないか

(こいつの感情)

というわけで、そこの誰だかしんないけど、俺がかっこよく映るために、かたき討ちとして理由をつくるため、

お前、捨て駒になっていろんな事件に巻き込まれてくれよ。



いやいや、どんだけ自己中心的やねん、とか思うけど、こんなことは世の中にたくさんはびこっているんだ。

言ってないだけで、こういう行動をしている場面を目撃したことはないか。





あの娘に俺が何を やったのかなんて 覚えてるはずがないだろ 俺はやってない

何かきっかけさえあれば次は俺の順番だ 今度こそやってみせる

やってやってやりまくるんだ

v7g_bor.jpg

ここで場面がかわって、レイプしまくって遊びまくった軍人の心情になる。

「やってみせる」はいろいろな解釈ができるけど、要はレイプだと思う。

ヒロトもやってやりまくるんだ、のところでライブ中、腰をふってるし。



潜水艦も持ってる 魚雷も積んでる 戦闘機も持ってる 燃料はいつも

満タンにして置いてある いつでも飛び立てるように

全てを焼きつくす程の 爆弾が出番を待ってるぜ




場面が変わって、国同士の争いになる。

全てを焼きつくす?



長崎のことか?広島のことか?



日本人の僕ならそれを感じずにはいられない。

でも、多様性というのがあって被害者でも有り、加害者でもあるんだろう。

何も米軍だけがこの歌のターゲットになるわけではない。





君ちょっといってくれないか すてごまになってくれないか

いざこざに巻き込まれて 死んでくれないか 死んでくれないか 死んでくれないか




そして、最後、死んでくれないか、に変わっている。

それは強烈な皮肉だろう。

そして、ライブでは最後の死んでくれないかが一オクターブ上で歌われ、この歌の感情の全てをそこで完結させている。

この歌はライブバージョンが公式で発表されている曲が2つ有り、野音とシングルのカップリングで発売されている、最もライブバージョンの多い曲。

ちなみにカップリングのほうのライブバージョンは途中で歌詞を間違えている。
(何か理由がなければ〜のところを何かきっかけさえあれば〜で歌おうとして途中で気づいて歌うのをやめている)

直接的に批判するのではなく、こういった手法をつかって痛烈に批判する、言葉の天才のブルーハーツらしい高等な皮肉の一曲。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(9) | STICK OUT (6th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする