2015年07月13日

窓をあけよう(作詞・作曲:甲本ヒロト)




本ブログ2作目の未発表曲からのチョイス。

個人的に、この曲はヒロトさんが特に大事にしていた一曲なのではないかと思う。

公的に曲として発表はされていないが、ブルーハーツの初期時代には多く歌われていたようだし、
ブルーハーツ解散後、ヒロトさんが組んだバンド、ヒューストンズでもこの曲が披露されている。


そして、ブルーハーツの普段の曲とはテイストが明らかに違う。
それもブルーハーツとして発表しなかった理由なのではないか。


なんというか、ちょっとネガティブ。
ブルーハーツの曲って、バカにされたり否定されても、そこから這い上がる爆発的な
エネルギーを発揮している曲が多いのに、これについては、
少し遠目から見て客観的に見ている部分がある。

そして、内容も少し考えさせられるところもある

出だし


どこにも行けない人がいる
誰にもあえない僕だよ


なぜ、どこにも行けないのか。そして、誰にも会えないのか。
これは何か遠回しな表現なのではないか。


いらないものばかり手に入れてしまった
どこへ捨てようか少し勇気を出そう



もしかして、現在の状況で自分が自分の欲で必要のないものを
手にい入れてしまい、それによって身動きがとれなくなっている状況の人のことなのでないか。

だから、先ほどの、どこにも行けない、誰にも会えない、につながるのだろう。



窓を開けよう 窓を開けよう
窓を開けよう 窓を開けよう




これはつまり、今現状の部屋を抜けだして、違う場所へ行きたい気持ちの現われだろう。

あえて具体的な表現をとらず、いろいろなニュアンスを感じれる言葉をチョイスすることで、
いろいろな場面で聴けるようになっている。



両手を広げてこぼれない分だけしか
のぞんじゃいけない
ほしがっちゃいけない


そして、これは個人的名フレーズ。


後のヒット曲「夢」の「あれもほしい これもほしい」とは真逆のことを
言っている。


しかし、これは自分への懺悔的気分で歌われる曲だろう。
ヒロト版「チェインギャング」じゃないか。


よって、「夢」とこの曲は反対するようで両立される。



自分が抱えきれるだけの幸せがあればいいんじゃないか、
と欲張って望み過ぎてしまって少し懺悔的な気分になっている状況で、
自らを省みている。

こういった心情になるのは、今のヒロトさんでは考えられないだろう。



まだブルーハーツ初期の、悶々としている煮え切らない当時の雰囲気を匂わせている。




いらないものばかり欲しがってしまった
誰に謝ろうか少し勇気を出そう



今のヒロトさんだったら、こんなこと言わない心境になってそう。


ハイロウズ時代に発表した曲、TOO LATE TO DIEの中でも言ってるし。
「降りるはずの 駅は後ろ 泊まるべき 港をはなれてく」

というのは、もう死ぬタイミングをとっくに逃してる、だから、

「ペテン師の 遺伝子を ばらまく」


っていってる。つまり、究極の開き直りなんですね。
でもそれによって、かなり生きやすくなったんじゃないかな。


いろいろ悩みぬいた末の今なんだろうな。



涙がこぼれて止まらない
幸せがそこで手を振ってる
両手を広げてつかむはずの幸せ


幸せになれるはずだったのに、幸せになれなかった、
何かあったのだろうか。それの涙なんだろうか。


手を降っている、っていうのは、窓の向こう。
今にも届きそうなくらいの距離だろう。
だけどまだそこに辿りつけていない。もしくは、それを
おいていかなくちゃいけない理由があった。

結局、この主人公は、幸せをつかめないで終わっている。

だけど、これから変えていこう、っていう心持ちでいる。


今すぐに、窓を開けようとこのあと言っているから、
何かを変えるんだ、っていう心境になったんだろう。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(4) | 未発表曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この曲、抽象的で分かりにくかったんですがコウスケさんの解説を見て自分も考えてみました。
この時期、ヒロトさんは『幸せ』というものについて悩んでいたんじゃないかと思います。情熱の薔薇や夕暮れでも『幸せ』というフレーズが出てきますし、彼の名言にも「幸せを手に入れるんじゃない。 幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ。」というものがありますから。そして彼の至った結論が‘‘なるべく’’小さな幸せをいっぱい集めることだったんではないかと思います。大きなものを手に入れてしまうと自分が見えなくなってしまうので。
また、真島昌利さんのソロ作品『こんなもんじゃない』にも『確かに本当に見えたものが 一般論にすり替えられる
確かに輝いて見えたものが ただのキレイゴトに変わる』という歌詞があります。「いらないものばかり手に入れてしまった」の「いらないもの」とはこのキレイゴトなのではないかと思います。僕は尾崎豊も好きなのですが、彼の曲に影響されて校舎の窓ガラスを割る若者を見て、彼自身とても苦悩したのではないかと思うんです。そしてその姿はヒロトとマーシーにも重なって見えます。
ハイロウズ以降のヒロトは、アーティストとしての甲本ヒロトの幸せではなく、人間としての甲本ヒロトの幸せを追求しているように感じます。僕は正直ブルーハーツを好きになった時には、ハイロウズの良さが分からなかったのですが、今はハイロウズ、とても好きです。僕も大人になったんでしょうか(笑)。
Posted by 天国野郎 at 2015年07月13日 11:08
天国野郎さん

そうですね。ヒロトさんは「幸せ」についてずっと考えていたのかもしれませんね。幸せのブルースって曲もこの時期に歌ってましたし。

マーシーさんのこんなもんじゃない、はとあまり注目して聴いたことがなかったですが、すごい深い歌詞ですよね。
なんだからマーシーソロ作品の解説もやりたくなってきました(笑)

ハイロウズについては、僕も同じです。いま、とくに熱いです。クロマニヨンズもいずれもっとわかるようになるのかなーとも思っています。
Posted by 荒井コウスケ at 2015年07月14日 08:29
こんにちは。
この歌は知らなくて、数年前にYouTubeで聞いてみたのですがなんだかいつもの前向きなブルーハーツっぽくなくて途中でやめてしまってから一度も聞いてないです。

いつものヒロトからは想像がつかない内容ですが、勝手なイメージで決めつけてしまってるんだなーと。夜タモリで言ってた『過大評価に悩まされてきた』って言葉がずしっときました。
Posted by しおまめたろう at 2015年07月18日 16:37
やっぱりブルーハーツっぽくないですよね。
少しネガティブというか。

でもそれがヒロトの一部なのかもしれませんね。本気で自殺を考えたりした、って言ってましたし。
過大評価、っていうのもプレッシャーを感じている部分があったのかもしれませんね。
Posted by 荒井コウスケ at 2015年07月21日 10:26
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