2015年05月11日

休日(作詞・作曲:真島昌利)



これは、ブルーハーツが解散を宣言した時の貴重なラジオ音源です。

曲は15:53秒ぐらいから。12:00ぐらいから解散宣言してます(笑)

次の予定は?ときかれて、解散かなぁ〜と気軽に言っているところ、たまらなく好きです。
彼らのその自然体でおおげさじゃないところが大好きです。やりたければやりゃあいいし、解散したけりゃ解散すればいい。そういう生き方に憧れる。

曲自体は解散に向けて作られたアルバムの曲らしい内容。

歌詞もそのニュアンスを醸し出しているが、
コーラスがマーシーで行われていること(通常ならヒロト)
がそれをより感じさせる。

そのニュアンスどおりマーシーのソロアルバムに入っていそうな曲。

そして内容は、めちゃめちゃマーシーっぽい。
マーシーが書いてない、っていってもマーシーが書いたんじゃないかって思ってしまいそうな曲。

のどかな風景や気分はマーシーは好きだと思うし、それを曲にするのがとてもうまい。それこそがマーシー。少年のようなピュアなハート。

この歌を聴くと、いつも日曜日の午後3時ぐらいの川沿いを思い出す。
ちょうど季節は今ぐらいの、暖かくなり始めた春。

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いつの日か この町を出て行く 僕らだから



この出だしの歌詞から、解散の気分を匂わせる。
それと共に、いずれいなくなってしまう存在の人間という生命体という単位で歌っている。

町を出て行く、というのは単純に引っ越しとかそういう、必然的な距離の移動もあると思うが、
天界に昇ることもそこに含んでいるだろう。

僕ら「だから」という言葉の終わりに、マーシーの意思を感じる。
だからこそ、休日を楽しんでいるんだよ、っていう。いずれなくなっちゃう自分、人生。

Take it easyでそんな深刻にならずに、まあまあ、っていう。



おだやかな日に 風が吹いて
おだやかな日に 列車に乗る

キリンの顔の クレーン車に
カーテンが吹く トランペット


穏やかな気分の休日だと、周りの景色もいつもと違って見える。
いつもはいつものクレーン車だけど、それがまるでキリンの顔のように見えて笑けてくる。

ただ風が揺らしているだけのカーテンも、
そのうねりがまるでトランペットのそれと似て見えてくる。

そんな感じじゃなかろうか。


なにもかもいろんな事を お日様のせいにして
ぼくはボーッとしてる



ここは秀逸。なんか真心ブラザーズの好きな曲(原曲はボブ・ディラン)を思い出した。
「マイ・バック・ページ」





青空がむりやり僕にのんきさを要求する

っていうところ。

お日様のせいにして、っていうのは、ぼーっとしちゃうのは、
何も自分のせいじゃない、お日様がのんきさを要求してくるからなんだ、
そう言いたげ。

日常生活につかれているのだろうか、いろいろ考えることがあっても、
こんだけ晴れててたら、お日様がそんな感じならボッーっとしてしかるべきだよな、
そんな風にこの歌詞をとらえる。


河原で釣りをしてるおやじ
おやじと僕が入れ替わる

野原で野球してる子供
子供と僕が入れ替わる




「入れ替わる」というのは、どんなことだろう。

そんな休日をすごしていた自分と重ね合わせて、
その時の気分、思い出せるぜ、っていうことんなんじゃないだろうか。

そして、「おやじ」「子供」と年齢の対比があるのも意図的だろう。
「おやじ」のその時の気持ちもわかるようになった、
「子供」の頃も思い出すよな、そんな人生があったな、
休日におだやかな気分になって過去や現在を思う主人公。

そんな、休日にふらっと街や川へ散歩にしに行った時のその気分の高揚を歌にしている。

マーシーの曲はこういうテイストの曲があって、とても好き。

その他「脳天気」「ホームラン」「雨上がり」「夜の盗賊団」なんかは、
こういうふらっとどっかへ行こうか、というニュアンスを感じる。

感じるままに、気ままに。

普段考えすぎてしまって、そういう時間を本能的に必要とするマーシーだからかけた曲かもしれません。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(8) | PAN(Last Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブルーハーツのこういうのほほんとした曲もいいですね。
カーテンが吹くトランペットとさりげなく詩的な表現を入れるところもさすがですよね。文学好きのマーシーらしいです。
入れ替わるの表現は、僕は単純に「おれも釣りしたくなったからどいて」みたいな面白おかしい感じに解釈してたんですが、深く読み取れますね。
解散の発表、リアル世代の人はびっくりしたでしょうね。こんだけ時代を築いといてこの解散の仕方って(笑)。
Posted by 天国野郎 at 2015年05月13日 18:37
天国野郎さん

カーテンが吹くトランペット響きがなんかイメージ湧いてきますが、マーシーらしいですよね。

入れ替わるのところ、その解釈面白いですね!

なるほど〜釣りが気ままにしたくなった、ということなんですね。

解散の仕方はギャグみたいで好きです笑
Posted by 荒井コウスケ at 2015年05月15日 14:23
こんにちは。
この歌大好きです♪
私もコウスケさんと同じでマーシーのほのぼのシリーズに分類されますが、『雨上がり』や『夜の中を』のような純粋にほのぼのしてるだけのとはだいぶ捉え方が違うと思っています。

この歌を聞くととても切なくなるんですよ。
もう出だしの『いつの日かこのまちを出ていく僕らだから』できゅーっとなります。

マーシー、この歌を作ったときすごく淋しくて切なかったんじゃないかなーって想像しました。

多分マーシーって何事にもケセラセラ精神で『仕方ないじゃん』てスタンスだと思うのですが、やっぱりブルーハーツでの日々ってなかなか自分が思うようにいかないこともたくさんあったと思うんですよ。

ラジオでさらっと「今後の予定は解散でーす」なんて言っててもそれまでにいろんな葛藤があったのではないかと。そんなのも乗り越えた上での『休日』なのではないでしょうか?

私のイメージだと、ある晴れた爽やかな春の日に何の目的もなくいなかの鈍行列車に乗り込む。四人掛けのボックスシートに一人で座りながらぼーっと外を眺めている。もういろんなことを考えすぎてなにも考えられなくなった頭で。

流れていく景色の中にキリンに見立てた模様のついたクレーン車があって、野球に夢中な子供や釣りを楽しむおじさんが流れていく。

窓を開けてるので風になびいているカーテンがまるでラッパのようだな。

私の勝手な考えではこの歌に出てくる表現自体には深い意味はなくて、マーシーが見たまんまを彼独特の表現で表してるんじゃないかなーって思ってます。

ただ列車に乗るまでにいろんな気持ちの葛藤があって、それがこの歌を切なく感じさせる要因になっているんだと思います。

なんだかうまいこと説明できませんが、私の周りにはこの歌を知っている人が全くいなくて、この気持ちを伝えられる場所がなかったのでつい熱く語りすぎてしまいました(笑)
Posted by しおまめたろう at 2015年05月16日 17:50
あ、言い忘れました!

『何もかもいろんなことをお日様のせいにして僕はぼーっとしてる』っていう表現が大好きです。マーシーらしいです。

全然意味は違いますが、『ラインを越えて』の『生きられなかった時間や〜』からの考え方と共通するものを感じて、そんな考え方のマーシーが大好きです。
Posted by しおまめたろう at 2015年05月16日 18:41
コメントありがとうございます!

やっぱり、解散時の心境がこのうたに表れているんですかね〜?
しおまめたろうさんのコメント読んでいると景色のイメージが浮かんできます^^

とある一日の体験を歌にしてそうですよね。

この歌知っている人ほとんどいないですが、なぜか僕の友だちでブルーハーツ自体はそこまで好きじゃなくてもこの歌をやたらカラオケでうたうやつがいます笑

一緒に歌います笑

何もかもいろんな〜のところいいですよね。タイトル通り休日にきいたら気持ちよさそうですよね。
Posted by 荒井コウスケ at 2015年05月18日 10:53
夢の駅で検索して、お邪魔しています。
初めましてm(_ _)m、ヒロトが大好きです。
貴重なラジオの音源、ありがとうございます
マーシーさんの歌も良いですね。
Posted by at 2015年08月06日 17:20
カーテンは部屋を暗くさせるものなので、カーテンが吹くトランペット=
ネガティブな気持ちが湧いていると思ってました。
完全に考えすぎですね。
Posted by ぶるぶるは at 2015年10月06日 21:46
>名無しさん
ご挨拶遅れました。はじめまして。
ラジオ音源、自分もびっくりしました!

>ぶるぶるはさん
コメントありがとうございます!
そんな捉え方もまたよしだとおもいます!!
Posted by 荒井コウスケ at 2015年10月27日 19:16
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