2016年03月28日

真夜中のテレフォン(作詞・作曲:河口純之助)



河ちゃんの中で一番クセのない曲かもしれない。そして、河ちゃん曲の中で一番聴いている曲。
(聞きたいわけではないが、CDを再生しているときにまあ飛ばすまでもないかな、と思うので聴いている)

歌詞の内容も、これは解説するほどのこともなく、
含みを持たせ、誰が聞いても想像ができるように構成されている。

舞台は別れ話をした後かなあ。
最終電車で戻るのを待っていた、って言ってるから。

で、今会えないっていうところでおわらせてるから。
それか遠距離の話かもしれない。

電話でしか話せない状況だから、あえて「テレフォン」を取り上げられた、とも考えられる。
目をつぶれば君が見える、ということは目を開いた状態では見えない、とも言い換えられ
想像の中での人でしか無くなってしまった、とも考えらるのではないか。まあ、妄想だけども。

「テレホン」ではなく「テレフォン」としているところがこだわりを感じる。


真夜中のテレフォン 君からのテレフォン
少しだけでも
真夜中のテレフォン

最終電車で君が戻るのを待っていた
目をつぶれば君が見える 星空の下

今会えない


この曲には、ライブバージョンがあって、河ちゃんのライブでの感じも聞き取ることができる貴重な曲。
その時に、サビではお客さんたちがレスポンスをかえしていて、当時はこの曲も多くのファンに認知されていたんだろうな、
と想像できた。

で、これが一番興奮したんだけど、河ちゃんは何も悪くないんだけども、
真夜中のテレフォンを聞いた後に来るヒロトの声は、すごい!!ってなる。
やっぱりヒロトは違うな、と。ヒロトの凄さを感じるのにこの曲が盛り上げてくれることがある。
勢いとか熱が圧倒的に他のボーカルとは違うんだなぁと。

ライブアルバムを聴いたら、もしかしたら多くの人がそういう印象を抱くことになるかもしれない、
そんな一曲です。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(4) | HIGH KICKS(5th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

幸福の生産者(作詞・作曲:河口純之助)

またまた河ちゃんの曲。

これは正直、タイトルからして完全に河ちゃんが信仰している
団体をイメージした歌だろう。

※2017年、清水富美加の出家騒動でも話題になっている

好きなものはひとそれぞれなのでいいけども、
ここまで表現すると、ヒロトがひいてしまったのもよくわかる。

当時の河ちゃんの傾倒ぶりがここからうかがえる。(今もかも知れないが)


出だし


RIGHT RIGHT RIGHT 
RIGHT MIND



これは、RIGHTって言ってたんだ、と今はじめて知る(笑)

ふぁい、ふぁいふぁい、ふぁいとまい、ってきこえてたので、
なんかの叫びかと思っていた(笑)

一応解説すると、「正しい心」みたいなことか。



世界中の心に今も輝いてる
誰もが皆憧れてる 幸福の生産者


与えゆく愛には 見返りはいらない
与えることをはじめたら はじめた時よりずっと
増え続けてゆくんだ けして減らないのさ



誰もが皆あこがれてる、というあたりがかなり傾倒している。

その辺が、やはり敬遠されてしまうきっかけにはなってしまうと思う。

そして、「与えよ、さらば与えられん」という新約聖書の言葉があったけど、
これは意味は一緒なのか。またキリストとは違うのか。


奪い合うものには後に 悲しみが待ち受けている
取り戻そう叡智を この世に神の夢
遥か彼方に超える夢(念に)涙は溢れてきた


心という言葉から どれだけたくさんの意味を
探しだしてゆけるのか 本当の出発だ
遥か彼方に超える愛(心に) 涙は溢れてきた

叡智とか神の夢とかのワードチョイス、羅列が
河ちゃんの後期っぽい。

目覚めた感じだな。覚醒したというか。
想いという文字を「念い」にしているあたりも
それっぽい。


完全にブルーハーツ色は消え、河ちゃんのソロ曲となっている。

「幸福」をタイトルにしてしまうのは、だいぶ思い切ったというか、
もう関係ないモード突入していたんだろうな。


でもロックにハマることも宗教にハマることも、根源的には一緒なのかも。

何にビビビ、と来るかで、ただその表現方法が違うだけで。

河ちゃんもロックにはまっていたけど、それよりもビビビときたから、そっちの世界に行ったとかいてあったし。


もともとハマりやすい傾向に有る人が、もう一個の違う何かにビビビと来たら、ハマってしまうものなのかもしれない。


ヒロトやマーシーにとってはそれがロックだっただけのことだろう。


posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(4) | PAN(Last Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

花になったかまきり(作詞・作曲:梶原徹夜)

梶くん唯一の作詞作曲にして、ボーカルまで務めた曲。


歌詞に出てくる、南国という表現のとおり、
サンバみたいな曲調。

「サルサガムテープ」という梶くんが現在参加しているバンドでも
カバーが行われている。(THE BLUE HEARTSのトリビュートに収録)

この「サルサガムテープ」は半数以上が障害者で構成されているらしい。
忌野清志郎などともコラボして、注目を浴びている。





あの暑い国に住んでいる 花とかまきりを知ってるかい
輝く太陽 けだるい毎日

彼はある日思いついて 花になることを決めたんだ
考えてあこがれて あの花になってやる

だけどそう簡単じゃない 毎日毎晩悩んでた
いつもみているあの花に どうやったらなれるのか

南の国に住んでいる あのかまきりを知ってるかい
広がる青空 退屈な毎日
彼はいつも感じてた くる日もくる日も考えた
教えてください わからない 眠れない
ぼくは一体誰なんだ ぼくと花はちがうのか
あのかまきりの不思議な気持ち果たして願いは叶うのか

想いがすべて どこでも行ける
すべてを変える なんでもなれる
楽しい想い すべてなんだ
どこでも行ける なんでも出来る


なりたいものに、なれてない状況を、
花とかまきりに例えてうったえているのだろう。

これで思い出したのがハイロウズの「パンチョリーナ」

なりたいもんになれるんだ
行きたいとこに行けるんだ


ハイロウズとテイストは違うけれど、自分を認識する、という自我の目覚めのような
ものを梶くんなりに表現している。

「僕と花は違うのか」

この辺が梶くんテイストをものすごく感じる。


「想いがすべて」っていうのはブルーハーツの今までの楽曲の中にも近いテイストを感じることができる。

また、やはりハイロウズ「夏の朝にキャッチボールを」もこれに近い。

「なれるものならばなんにでもなれる」「やれることならばなんだってできる」


あの花園に囲まれた 花のかまきりを知ってるかい
誰にもわからない ほんとのことなど
彼の一族の伝説が ほんとにほんとになったんだ
いつしか お前は野に咲く花になる
デッカクドキドキ考えて ワクワクしたらバッチリさ
楽しい想いは溢れだし大きな宇宙を駆け巡る

想いがすべて どこでも行ける
すべてを変える なんでもなれる
楽しい想い すべてなんだ
どこでも行って なんでも出来る


彼の一族?
このカマキリはどうやら先代がすごかったようだ。

なんで花になりたかったのか?

よくわからないが、そんなに意味はないだろう。


ちなみにこの曲と同タイトルの絵本があるよう。


発売日が2008年なので、この作品が発表されてからのものであるが、
作者が果たしてこの曲にインスパイアされたのかは不明。

もう一個ありました。



そして、実際に地球上には「ハナカマキリ」という名の見た目が花にそっくり(蘭の花)な
カマキリが存在していた。

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花のふりをして、気付かずに近づいてきた虫を食べるらしい。
ただし、蘭以外の花の近くにいると、逆に目立ってしまうらしい(笑)

もしかし、梶くんはこのカマキリの存在をしっていて、
この「ハナカマキリ」目線で書いた詩なのか。

だとしたら結構虫通な気がする(笑)


posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(2) | PAN(Last Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする