2015年10月27日

夕暮れ(作詞・作曲:甲本ヒロト)


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ブルーハーツの中で、最も好きな部類に入るほどの超名曲。

このPVも味があってすきだなー、まんまで。
夕暮れって感じで。どこの団地だかは知らないんだけど。



タイトルの「夕暮れ」の雰囲気をふんだんに味わえる。
イントロからアコギの音が奏でられ、
川沿いで夕焼けに染まっていく景色の中にいるイメージがフワーッと広がり、
そこに優しく歌われるヒロトの声が重なって、「幸せ」についてなんとなくわかってくるような気がする、
平和な気持ちになる、人類の最終地点はここなんじゃないかと思われるスケールで歌われるラブソング。


PVもまさにぴったりの風景で歌われる。

僕はこの歌を全人類が平和な気持ちで歌ったら、平和になるんじゃないかとすら思う。

出だし


はっきりさせなくてもいい あやふやなまんまでいい
僕たちは なんとなく 幸せになるんだ

幸せの定義なんか、はっきりさせなくたっていい。
なんとなく幸せだと思ってるならそれでいいじゃないか。

あやふやなことも、はっきりしなきゃいけないなんてことはない。

この言葉が、夕暮れと絡めて出てくるのがヒロトの天才的感覚だと思う。

だって、夕暮れの景色に、ピッタリなんだもん。

こんな言葉。でも夕焼けはあやふやなままなんだけど。夜なのか、昼なのか、
はっきりしてない。その中間の間にある一瞬の景色。

その気分に、はっきりさせなくてもいい、は絶妙にマッチしている。

僕達、って誰のことなのかわからないけど、全人類を代表している気がする。




何年たってもいい 遠く離れてもいい
ひとりぼっちじゃないぜ ウインクするぜ



この詩ももうキラーフレーズとしかいいようがない。

個人の単位から、全人類の単位まで総合的に解釈できる、
「ナビゲーター」のときにも感じたような生きていることの流れを彷彿させる名台詞。


誰かと離れ離れになることなのか、ずっと会えない期間がつづくことなのか、
でもその人とは夕暮れの空につながっていて
ひとりじゃないんだ、遠くでウインクするきもちでいつでもウェルカムなんだ、
そんなメッセージにも取れる。

もっと大きく解釈すれば、前述の僕達=全人類のようにも感じて、

人間は、ひとりで生まれてきてひとりで死んでいくけど

この夕暮れの空の前ではひとりじゃない。皆がつながっているような、そんな気持ちになるんだ、
だからウインクして、Welcomeなんだ、

そう言ってくれている気がする。でもヒロトはそこまで考えてこのセリフはいってない。

きっとただそういうイメージが浮かんできたらからそういってるだけだと思う。




夕暮れが僕のドアをノックする頃に
あなたをギュッと抱きたくなってる



これも名台詞。

僕のドア、ってなんだろう、心のことかも。それを揺れ動かして
平和な気持ちになったとき、目の前にいる近くにいる誰かとつながりたくなってくる。

その時の衝動にも似た気持ちをこの短い言葉で表した。




幻なんかじゃない 人生は夢じゃない
僕たちははっきりといきてるんだ



お見事なのが、この「はっきり」をまたつかっていること。
しかも、今度ははっきりさせなくてもいい、じゃなくて、はっきりと、と肯定の意味で対比的に表現した。

幸せのことははっきりしないけれど、
生きていることだけは、はっきりしている。


幻のように夢のようにあやふやなままじゃない、僕たちは、
それだけは言えるんだ、って

なんか当たり前のこと言ってるんだけど、


生きていることって実感することだから、これを夕暮れの前で再確認しているんだと思う。

大きな美しい夕暮れという感動の前で。


夕焼け空は赤い 炎のように赤い
この星の半分を 真っ赤に染めた


やっぱり、ここでも大きな単位。


「この星の」

個人を超えた視点をここで発揮している。

全人類的な歌だと言えるのはここかもしれない。

炎のように

は後のクロマニヨンズ「炎」で出てくるのは本人たちは気づいているのだろうか。

炎=命の灯火としても無意識にニュアンス付けているのか。

で、言葉がわかりやすいんですね。ここもポイント。


誰でもわかるような言葉なんですよ

「この星の半分を 真っ赤にそめた」

これは小学生だってわかる表現にしている。

「半分」ってざっくりした表現じゃないですか。もっと細かくわけられると思うけど、
あえて、半分ってもうざっくりしてて、視点が細かいところにはいってなく、
そんなちっぽけなことではなく、夕暮れの美しさの前に他にみるものはないよな、
そんなことすらも思ってしまう。



それよりももっと赤い血が
体中を流れてるんだぜ



視点が個人=自分=人間にうつる。
すごい。

ここはもうそんな地球単位でビッグな景色のその赤
よりも、もっと赤くそまった血が自分たちに流れていることの感動。

なにかを授かった証なのか、それだけ自分はちっぽけだと思わなくていいんじゃないのか、
それだけすごい生きてるってことは、

そんなふうに言われている気がしてならない。

とにかくこれは全人類が歌い継いでいくべき超名曲中の名曲。


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posted by 荒井コウスケ at 19:42 | Comment(5) | DUG OUT(7th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

ホームラン(作詞・作曲:真島昌利)



野球好きのマーシーらしい、
タイトルがホームランという野球を歌った一曲。


こういう、平和な雰囲気の歌をマーシーはつくることがあるが、
そういう曲をつくっちゃうところにとても共感して、
かなり好きなシリーズ。

普通のアーティストは好きだ、愛してる、とかそんなんばっかでこういう曲は
あまり作らないから、ブルーハーツらしいとも言える。


この歌の中には、少年時代のマーシーと、大人になったマーシー、
二人の人物が出てくる。

まずは少年のマーシー。

野球をやりにいこうよ
河川敷のグランドへ

野球をやりにいこうよ
みんなを集めて


得意の魔球でこい へんなフォームでなげてこい
時速千キロ豪速球 俺には見えるぜ


これは、男の子が自分が強いヒーローにでも変身して強くなれるんだ、
という純粋な気持ちを持っているようなワクワク感を表現してる。

プロ野球選手ごっことか、巨人の星の、星飛雄馬が大リーグボールとか
投げる時の必殺技を出す感じ。

自分にもよくあてはまる。

野球部ではなくテニス部だったが、「テニス野球」をやっているとき、
魔球とか自分で勝手に名づけて遊んでいた。


そんなんが意外と楽しい。


時速千キロとかも出るわけないのだが、そんだけ出てる感じで投げるのが面白い。


それに友達ものってきたりして。俺には見えるぜ、っていうのもそういうポーズをとって
遊んでいるのです。




甘い球をなげたら 俺のバットが火を噴くぜ
銀河系のその彼方まで かっとばしてやる



これもその「スーパー能力選手ごっこ」の続き。
銀河系の彼方まで、とか大げさ表現をしてその場を盛り上げる。

子供の時って、そういうありもしないことをたくさんでっちあげて
ストーリーをつくってよく遊んでいたな。

人形が2つあれば、ずっと戦わせて自分でストーリーをつくっていた。




青い風と白い日差し
川は流れ ゲームは続くのだ



この表現で、少し特徴的なのが、青いのが「風」であること。
空ではなく、風と表現することによって、青空の下に吹いている風、
というより大きな風景が想像される。

風とか、日差しとか川が流れ、というのが、動きを表現している。

そのいろいろな自然の動きの中で、野球のゲームが流れていく感じ。



その後は大人の視点が出てくる。

となりのグランドでは
ガキどもが熱くなってる

21世紀の金田や ONがいるぞ



ガキども、と言っているので、それを眺めているおとなになった主人公の視点。

PANの「休日」ででてきた表現

オヤジと僕が入れ替わる


というのにもあるように、子供の時の視点をおとなになったマーシーが振り返る過程において、
そのどちらの心情もそれぞれに表現しないと、おさまりがつかなかったんじゃないだろうか。


21世紀の金田やONについて解説すると、
自分は野球が好きだったので自然とわかるんですが、

金田というのは、昔活躍した選手で
400勝という日本最多の勝利数を誇る伝説のピッチャー。

また、ON

は王、長嶋の頭文字をとっている。


時代はちょっと古いが、リアルタイムで感じていたマーシーだからこの二人の選手になったんだろう。



今だったら21世紀の野茂や、KK(清原・桑田)がいるぞ、かな。


とにかく穏やかな気持になれる一曲。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(4) | HIGH KICKS(5th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする