2015年09月28日

ダンス・ナンバー(作詞・作曲:真島昌利)



ブルーハーツ史上もっとも短い曲。(1:27)

ちなみに、ハイロウズ、クロマニヨンズの全曲をいれると、2番目に短い曲となる。
※1番短い曲はクロマニヨンズのくじらなわ(1:25)


駆け抜けるように曲が終わる。それはまるでタイトルにもあるようにダンスナンバー。

マーシー作曲で、マーシーがソロで歌っている音源を持っているが、めちゃめちゃゆっくり歌われている。

たしか4分ぐらいの曲になっていた。

と思ったら、YouTubeにアップされていた


この曲は、マーシーでもいいんだけど、やっぱりヒロトのボーカルで冴える曲。
あのぶつかってくるようなヒロトの、初期のボーカルがものすごい勢いで心に入ってくる。

青少年期の僕は、この曲にたくさん勇気づけられた。
キレイな歌詞ではないんだけど、勇気の出る歌詞。

このスタイルがパンクなのか知らないけれどとにかく元気づけられる、
別にいいんだ、って気持ちになれる。



出だし


ダンスナンバーで踊り続けよう
くだらないことはたくさんあるけど
誰かが決めた ステップなんて 関係ないんだ でたらめでいいよ


ダンスになぞらえて、誰かの道を歩んだり、マニュアル通りなんかしなくていいよ、
と聴こえる。
自分の生き方でいいんだよ、と言ってくれている。

ステップなんかいらない、でたらめでいこう、その言葉は、
でたらめじゃなダメなんだと固定観念に縛られている生き方をしていた当時の僕、
そしてこれから聴く人に勇気を与えるだろう。

また、これをきいて思うのが、ヒロトのライブ中のパフォーマンス。
ダンスともいえるだろうが、首を左右上下に振って目ん玉飛び出そうなくらい
音楽に陶酔しているあの踊り。

あれこそまさに「誰かが決めた ステップなんて 関係ないんだ デタラメでいいよ」を体現している。


サビ


かっこ悪くたっていいよ そんなこと問題じゃない
君のこと 笑うやつは トーフにぶつかって死んじまえ



この前半の言葉に何度勇気づけられたことか。
かっこわるくちゃいけない、と思っていた自分に、選択肢を与えてくれた。

カッコ悪いことなんて、そんな問題じゃないんだ、と。


トーフにぶつかって死んじまえ、というのは
落語の「豆腐の角に頭をぶつけて死ね」という有名なセリフから由来しているだろう。
(Wikipediaより引用:
古典落語の演目『穴どろ』に登場する罵倒の台詞に由来する。
角の尖った四角い物とは言え、柔らかな豆腐の角に頭を打ち付けても死ぬようなことは不可能であるのに、
真に受けて本当に豆腐に頭をぶつけて死のうとする、
それほどに愚かな者だと嘲る言葉である。類似表現として「うどんで首吊って死ね」「自分の耳齧って死ね」が存在する。)

ちなみに、最近トーフの角に頭をぶつけて死ぬのは可能になったという研究報告もあるようだ(笑)

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1412/24/news158.html



人の目ばっかり いつでも気にして
口先ばっかり 何にもしないで
そんなのちっとも おもしろくないよ
そんなのとっても 退屈なだけさ


当時の僕に喝を入れるような言葉で、これにも勇気をもらった。
他人の視線にばかり左右され、やりたいことができない、
そんなのは何も面白く無いんだ、とヒロトがあのぐちゃぐちゃダンスを
しながら同時に言葉でも言ってくれている気がした。




時間はまるでジェットコースター 
流星みたいに 燃え尽きてしまう
明日世界の 終わりが来ても
ダンスナンバーで 踊り続けよう



時間はまるで〜のところは、ブルーハーツ流解釈をすれば、
やりたいことを今のうちにやっとかないと、すぐに時間はすぎていくよ、
という風に言われている気がした。

明日世界の終わりがきても、ってところに今までの「関係ないんだ」という
のが響いてくる。世界が終わろうが関係無い、自分のダンスをしよう、という
明確な意志を感じる。


最後に、この曲の冒頭の「ダンスナンバーで踊り続けよう」がまたでてくる。
マーシーのことなので、意図的に最初と最後にもってきている気がする。

この曲を知らない人でもすぐに盛り上がることができる、
爽快なナンバー。
posted by 荒井コウスケ at 10:46 | Comment(5) | THE BLUE HEARTS(1st Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

バイバイBABY(作詞・作曲:真島昌利)



これはマーシーが片手間につくったんじゃないかと思われる。
解散で、何かアルバムにいれなきゃ、ということでつくったはず。


解散を意識してかしらずか、お別れの歌となっている。
マーシーの歌の中でここまで失恋をストレートに表現したものってあるだろうか。
ちょっと思い当たらない。そういう意味では斬新。

ハイロウズの「完璧な一日」については、それに近いものを感じるが。


ブルーハーツというより、完全にソロ作品の雰囲気が漂っている。
真島昌利ソロアルバム「夏のぬけがら」とかに入っていてもおかしくない感じ。

もしかしたら、ソロ活動を始めた時に作っておいてあたためておいた曲なんじゃないか。


燃える夏空の下
日に焼けたキッスを僕は覚えているよ

まるで昨日のように



「日に焼けたキッス」はなんかマーシーっぽい。なかなか言わない詩的な表現である。




恋をしていた僕は三メートルくらい

君をなくした僕は今じゃ二センチくらい





地球は二人のためにまわり

世界は二人のものだった



この表現をきいて思い出したのが、
世界はふたりのためにという昔流行った曲。
佐良直美さんという人が歌っている。

ガガガSPもカバーしている。



バイバイ BABY
バイバイ BABY
バイバイ BABY

BABY バイバイ



思い出だけがきらめくようじゃ
しらけた人になりそうだ


この歌詞は、新しく一歩を踏み出すという決意を感じ、
ブルーハーツの思い出に生きていくつもりはない、と言っているようにも感じる。



最後に、バイバーイ!!って叫んでいるマーシーがいて、どこか清々しさも感じられるのは気のせいだろうか。
これで終わりだ〜開放される!!って言っている気がした。


この時点でハイロウズの結成を想定していたかはわからないが、本当の意味でお別れだ!っていうニュアンスも感じる。


ブルーハーツに窮屈さを感じていたかもしれない、この当時は。
posted by 荒井コウスケ at 18:55 | Comment(4) | PAN(Last Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月14日

心の救急車(作詞・作曲:河口純之助)

この曲は河ちゃんが作成した曲の中では、
一番好きかもしれない。


これか、もしくは風船爆弾かな。


あまりまだ宗教に染まっていないときなのだろうか。


河ちゃんて素直だと思うんだけど(故に宗教へも素直に信じている)
それがそのまま表れたような詩になっている。

ヒロトやマーシーは時にわかりづらくわざと曲を作っていることがあるが(それが良いのもまた事実)、
河ちゃんにはそれがない。


出だし

今夜きみと会えるなら
僕の気持ち伝えたい 少しだけでも

雨の中を通りぬけ
雲の上を見にゆこう
星が見えるよ




これも、ヒロトやマーシーだったら書かないだろう、
悪く言えばそのへんにいる人でも書けそうな詩。

特に含みもなく、歌を創るために添えられたというような歌詞である。

故に、へんに力みがなく聞きやすい。


好きな「きみ」がいて、その人を雲の上に連れてって星を見せてあげたい、
そんなロマンチックな歌詞を特にわかりづらい言葉をチョイスせず、
使っている。

作詞のことでいえば、そもそも選択肢を持っていなかった、とも言えるのかもしれないが。

「雨」「雲」「星」

誰でも知っている言葉である。



必ずくるよ 走ってくるよ 心の救急車

この部分は、「カエルの歌が聞こえてくるよ」
とメロディが酷似。

後半の「聞こえてくるよは」、この歌の後半で詩もメロディも完全一致。



今夜おなじ夢をみよう
地図の外へ飛び出して
うたをつくろう

虹のとびらあけたなら
錆びたキーは捨てましょう
ぐちはいわない



なんかちょっとメルヘン・・・なのか?
河ちゃんのつくる歌の特徴として。


「地図の外」「虹のとびら」「錆びたキーは捨てましょう」

この表現は、ヒロトやマーシーには見られないだろう表現である。


こうやって分析していくと、河ちゃんはどこか別の場所に行きたかったのだろうか。


雲の上とか、地図の外とか、それがにじみ出ている。故に心の救急車として宗教を選んだのか。



世界のチャンネルを喜びにまわそう
こわれたアンテナをなおして立てましょう




なんか、含みをもたせるような表現になっているんだけれど、
無駄がある気がしてしょうがない。


言いたいことがないのだろうか。

これは最後に持ってこなくてもいいんじゃないか。
自分も作詞をやっていたことがあるわけではないので、
偉そうには言えないけれど。


ヒロトやマーシーが書く、意味のなさそうな歌詞とはまた別の印象を持つ。
言葉を大切にしていない気がする。もしくは、言葉への感性が、
ヒロトやマーシーに比べ著しく劣る気がする。


ただ、比べた相手が悪かった。ヒロトやマーシー並の敏感さを持っている
アーティスト自体がめちゃめちゃレアなのだから。


そして、実はそれがよかったりするので、この言葉の軽さの部分をなくしてしまったら、
河ちゃんじゃなくなる。

河ちゃんの趣向がよく表れている歌だ。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(2) | HIGH KICKS(5th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする