2015年08月31日

英雄にあこがれて(作詞・作曲:甲本ヒロト)



ブルーハーツ初期特有の、反抗的な青年の心情をモロに表現した一曲。


そしてこれは表面的にはまじめに見えるけども、実際は反抗心で満ちている青年の心情に近いのではないかと推測する。

何かやらかしてみたくてエネルギーがありあまっているような。


中学校から高校にかけて、その最中にいる人にめちゃめちゃ響きそうな一曲。
今聞いてみると、少し青いな〜とも思う。
若干、この曲からは痛みを感じる。悲痛な叫びのような。

その辺が終わらない歌とか未来は僕らの手の中から感じられるような勢いは感じられず、
前向きなスタンスとは異なっている。

故に、カップリング曲として収録されているのかもしれない。


そして、マーシーが書きそうな詩だなと個人的には思っていたが、作詞はヒロトである。


出だし

おしまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ

いばらの道を見つけ出し 靴をぬぎすてる



男はこういった心情になる人も多いかもしれない。
あの人、を惜しむように死んでいく英雄になりたい。生まれたからには偉大な死に方をしたい。
そんな青年の純粋な気持ちが表現されている。

ただし、ブルーハーツ解散後に組むバンド、ハイロウズの「即死」という曲の中では、

「振り返りたくもない 考えたくもない 涙はいらない 即死で頼むぜ」
「厳かはいやだ くだらないほうがいい 笑えりゃなおいい 即死で頼むぜ」

https://youtu.be/yOlrBnF1dfk

と、死に方については「即死」を希望している。これは心情の変化だろう。
おしまれたかったけど、それすらどうでもよくなっている。

ローリング・ジェット・サンダーという曲でも

「死んだら死んだで関係ないぜ ちょっとそこらに捨てといてくれ」

と死んだ後のことはどうでもいいスタンスになっている。


いばらの道を見つけ出し、というのは、平和な日常に飽きている心情が読み取れる。
わざわざ、いばらの道に行きたくない人もたくさんいるし、平和を求めて人は戦ってきたわけだけど、
そこに飽きちゃうのもまた人間だということか。

靴を脱ぎ捨てる、というのはさらに過酷な状況に身をおこうとしているのだろう。

これをきいて思い出すのが、ヒロトがどこかの雑誌のインタビューでこんなことを発言していた。

「余裕がなきゃ駄目だよ。
だから、僕は、飽食の果ての飢餓だと思う。
飽食の果ての飢餓が、ロックンロールにおけるハングリーってやつでしょ、
お腹が空いたハングリーとは違うぜ。
ハングリー精神っていうのと、貧乏は関係ないよ。
貧乏な人がハングリー精神っていったら駄目だよ。
まず金稼いでから言えよ。
うん、ハングリー精神っていうのは、
満ち足りてる人の中に芽生えるものだよ。
着るものもある、家もある、ギターだって買える。
だけどさ、足りねぇんだよ、これが、っていうのがロックンロールじゃん。
うん、貧乏人にはロックンロールはできないよ。」



つまり、平和の果ての戦争、みたいなことなのか、言い換えると。
平和だからこそ、宣戦布告をする。

次の歌詞がそう。


あんまり平和な世の中じゃ かっこわるすぎる
ああ 宣戦布告 手当たり次第



若い頃はこのへんに没入できたが、いまきいてみると、あんまぶっそうなこと言うなぁと思ってしまう(笑)



そうですこれが 若者の・・・ 英雄にあこがれ



この歌詞の若者の・・・の後に何が来るのかがわからないところがミソ。
うまい。聞き手に表現を委ねており、ふくらみのある歌にさせている。

個人的には、若者のはやり、とかかな。しっくりくるのは。



音も立てないで過ぎていく やり直せない日々
運動場のはしっこで 悪魔を育てよう

誰にも気付かれないように 食べ物を少しわけてやる
金網の中で大きくなれよ 




この、「音も立てないで」がまさに飽きている心情を表現している。
要は刺激が足りないんだろう。

そしてそんな刺激のたりなさに嫌気がさし、悪魔を育てるという
半ばグレた不良のような気持ち。だけどそれを、表立って行動してるわけじゃない。
それがわかるのが、運動場のはしっこ、という表現。

不良は運動場のど真ん中で悪魔を育てている、と言えるだろう。
しかし、不良でもない人間の悪魔の育て方は周りの人に見えない形で
育てるものだ。

ちなみに、この運動場という表現が学生生活の場面を確定させている。

これは青少年の心理にもよく当てはまるだろう。
不良じゃないのに万引きしてたりするし、え、こんな子が?という。


周りの人のインタビューで、そんなことをする子には見えなかった、
という犯罪を犯してしまった青少年についての報道がされるが、
まさにこれだろう。


月曜の朝の朝礼で 手首をかききった
運動場のはしっこで 悪魔が笑っている



これは、月曜というのもポイントだろう。
よく自殺者は月曜に多いと言われるが、休み明けの仕事の憂鬱により、
命を絶つらしい。

この主人公は自殺ではないが、リストカットを行った。朝礼でそんなことをやるなんて、
皆に注目されたかったのだろうか。

かなり痛々しい心情を歌にしているけれど、こんなことは学生生活でよくあるかもしれない。
表現の方法はリストカット以外でされているケースが多いが。
ちょっと不良っぽい格好をしてみたり、タバコ吸ったり、万引きしたり。
平和なんだけどなんか違うんだよな、っていう。

ただ、個人的にはこの遊びにはまるのはよくないと思っている。
誰かに心配されたくて自分を傷つける人間になってしまうため。


この過程を通りすぎて人は強くなっていくんだろう。


青少年心理をよく表現した一曲。
posted by 荒井コウスケ at 09:56 | Comment(2) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月24日

鉄砲(作詞・作曲:真島昌利)

個人的に、めちゃめちゃ謎の曲。

これは、おそらくカップリングに入れるわりと軽めにきけて
あんまり力の入っていない曲をつくろうとしてつくられたんじゃなかろうか。

というのは、これはかなり遊びでつくられている気がする。


こんなんもありだろ、みたいな。最後はみゃーみゃー鳴いてるし笑
ちなみにこれはマーシーの声らしい笑

ヒロトも途中で歌いながら笑ってるw


ある種、今までのスタイルを崩そうとしてそれを一番体現した曲とも言える。

要は、ファースト、セカンド、サードとブルーハーツでいることを期待され、
それに答えるのがつらくなった、というようなことを言っていたが、
その最たるもの。


若者の言葉を代弁するとか、そんなものは関係ない。鉄砲って叫べば楽しいっしょ、みたいな。

そしてこれはクロマニヨンズにも近い気がする。


歌詞を解説するほどのものでもないと思うが、

鉄砲が今日も無鉄砲なふりで
鉄砲が今日も静かに笑ってる


ここはマーシー節がきいている。
ダジャレと擬人化。


サビ

鉄砲 鉄砲 鉄砲



ただ鉄砲っていってるだけのこの感じは、こたつねこと叫んでるだけのクロマニヨンズにも通ずる。
ちなみに、途中で何の音かわからないが、硬いものを叩く音がして、それはきいていてまあまあ心地いい。



殺人事件の犯人が
昨日つかまった
鉄砲と共犯者は闇に紛れてる



これはどういうことなんだろうか。だからなんだ?と言ってしまえばそれまでだが、
本質の犯人はつかまったけども、まだ完全に原因は追求できてないよ、そんなことがいいたいのだろうか。

鉄砲という最大の原因は、まだ闇の中、という。

それはあまりにもむりやりな解釈か。



友達のバンドがコピーしてましたが、この辺りをやればブルーハーツのコピーとしてばれないと思ったんでしょう笑


意味不明で、かつおそらくそんな大した意味もないであろう、音と雰囲気を楽しむ一曲。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(5) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月16日

ムチとマント(作詞・作曲:甲本ヒロト)


この歌、雰囲気できいているとあまり見えてこなかったのだが、
耳をすましてきいてみると、だんだん見えてきた。

さすらいの旅人の歌だ。

その先が見たくてしょうがない、その先の景色が気になってしょうがない、
ひとところに落ち着いていられないような。

安定した生活に見切りをつけ、不安定な世界を楽しむ。
流れの中に生があり、と言わんばかりの。

ムチとマント、が未だにわからないけれども、これは、もしかしてヒロトが好きだった
なんかのアニメの歌なのか?と一瞬思っていろいろ調べてみたけど、
ムチとマントをもってるキャラクターいないしな〜と、違う気がする。

出だし

天国よりちょっと 高い所へ
誘惑よりもっと 甘い声

このへんから、普通の世界に満足できず、さらなる場所へ行きたいという意思が感じられる。

天国よりも高いところ、ってどこだろう。神様の世界か。
誘惑よりも甘いというのは、それだけ、自分を誘ってきてしょうがない。
そこに行きたくなってしょうがない、本能を刺激してくるような。


SEXよりずっと 魅力的だぜ
ムチとマントを ひるがえして


SEXよりも魅力的、っていうのは、のちのちクロマニヨンズで発表される
「エロこそすべて」で唱えられている内容とは異なる。

つまり、エロこそすべてと言っているヒロトの上をいくぐらい魅力的なものがあるということか。
それは、旅のワクワク感か。なんなのか。
でもムチとマントをひるがえして、という表現が流動的な生き方、ひとところにとどまらない生き方を
好んでいるようなニュアンスを浮かび上がらせる。

一体何が 本当なのか
見てきたような 顔をして
作り話で 盛り上がろうぜ
ムチとマントを ひるがえして


「本当のことなんて知らない」という大前提があるんだろうな。

だからこそ、それを皮肉るかのように、嘘で創りあげた話を、世を知り尽くした顔で
語り合おうぜ、っていう。それは旅の途中で、見知らぬ人と酒を酌み交わす時の
楽しさに似ているかもしれない。

それか、実際にそういう場面のことかも。旅の途中、世界のすべてを見てきたような
顔で、お互いどこに住んでるか何をしているかも知らない中で、つくり話をしあう。
それって面白いな、という。

罪を重ねて 昇る階段
疑われたら アリバイなんかないぜ


ここで、もうひらきなおっている。というか、もともとひらきなおった男のストーリーなんだろう。
生きれば生きるほどに、罪を犯していく。だけど、それはもうどこかでしょうがないことなんだ、
そういう性分なんだ、そんな生き方しかできないんだ、って思っている。

これは、ハイロウズで発表される TOO LATE TO DIE
「ペテン師の 遺伝子を ばらまく」「おりるはずの駅は 後ろ 停まるべき港を離れてく」
という、死にそびれてしまった罪人の心情にも似ている。

もう俺、死ぬタイミングをずっと逃しているから、ひらきなおろうかな、と。

疑われても、アリバイを作る気はない、罪を全部認める。

これは同じくハイロウズの罪と罰にも似たような歌詞がある。
「罪ならば全部認めるが 罰を受けてる暇はないぜ」

ただ、ここで少し進化しているのが
「誰かに疑われる前に あらいざらいぶちまけてやる」
と、疑われる前に、もう自分から言ってやる、というスタンスに。

ヒロトは、どこかしら生きていること自体に罪の意識をもっていたのかもしれない。
こういう雰囲気の歌を、他の曲にもどことなく感えじるので。
ひらきなおる必要があったんだろうな。

実際、生きることって罪悪感とのたたかいみたいなところあるし。

ブルーハーツの曲だったら、TRAIN-TRAIN
「聖者になんてなれないよ だけど生きてる方がいい」
って歌ってるから、やっぱり、完全無欠の人間じゃないと生きてはいけないんじゃないか、
って強く思っていることがあったんだろう。インタビューでも、聖人君子になろうとしていた、
ってヒロトは言っていた。聖人にならなくたって、生きていたいんだ、って一方のヒロトが反論してきて、生きているんだろう。

サンキューべリマッチ どうもありがとう
ようこそ僕の 隠れ家へ



なんで感謝しているかっていうと、その本心を受け入れてくれたからか。
隠れ家へ、っていうのは、自分のほんとうの気持ちを、見てくれたことか。

これだけ罪を背負っているはずの自分を。

次に恋の要素が入ってくる。

恋をする時 素敵な事は
何もいらないと 本気で思える事


きざなセリフを言ってみたかった、ちょっとした遊び心な気がする。
お前がいれば、何もいらないよ、みたいな。

サンキューベリマッチ どうもありがとう
さっきすれちがった お嬢さん
ガールハントの 天才なのだ
1000人斬りの 腕前だ
980人 あと20人
ムチとマントを ひるがえして


そういうセリフを使いこなして、寝とった女は980人に昇る。
なんて罪な男なんだろう、という主人公を表現している。

だから、アリバイとかそういう言葉もここですんなりくる。

さっきすれちがったお嬢さんというのは、一晩を過ごしただけの関係を
そう表現してるかもしれない。旅の途中で、その後二度とあうこともないけれど、一晩だけ過ごした。
その後が旅をしている確信的な表現。

立ち止まれない さすらいのクツ
夜を待てないで 駆け出すドラマの中


そこで落ち着いていられない、さすらいの旅人。どこへいくのか。
夜さえ待てずに、そのまま流れのドラマへと突入していく。

サンキューベリマッチ どうもありがとう
やっと巡り合った お尋ね者


こんどは、お嬢さんじゃなくて、お尋ね者になっている。
これは、ずっと探していた、自分と似ている、罪の意識をひきずった仲間のことなんじゃないか。
だから、わかりあえて、ありがとう。
そんな雰囲気を感じる。

これはだいぶ個人の主観での解説にはなるけれど、僕はそうおもいました。

他の方にもたくさんきいてみたい歌詞です。それにしてもムチとマントってなんだろうな〜。

ちなみに、ヒロトはこういう、〇〇と〇〇という対比のような表現がとても好きだということに気づいた。

調べたので備忘録的に記載。

「罪と罰」
「化石とミイラ」
「チェリーとラバー・ソウル」
「スピードとナイフ」

ちなみにマーシーでもありました。
「ライオンとサンシャイン」
「オートバイと皮ジャンパーとカレー」

なんか、小説のタイトルみたいですね。
でも、よくわからない2つのものが組み合わさることで、ワクワク感が演出されていますね。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(4) | DUG OUT(7th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする