2015年05月25日

やるか逃げるか(作詞・作曲:真島昌利)




1992年のカンボジアへのPKO派遣を皮肉った歌という説がある。



確かにそう言われるとなんとなく皮肉に聴こえなくもない。
マーシー流の言い方なんだろう。



当時の自分がまだ幼かったこともあり、僕はこの歌についてはそのイメージではなく
タイトルでもありサビでもあるそのままやるか逃げるか、決断を迷っている人のための本質を問いかける歌だと捉えて聴いていた。


高校時代、ソフトテニス部だったが、この曲を試合前によく聴いていた。
その時は負けたくなかったので試合が怖かった。そういうような逃げたくなるマインドの自分に、
じゃあ逃げることも出来るんだぜ?と言われている気がして奮い立たされたのを覚えている。


出だし


南の国へ行こう 日焼けでもしに行こう
死んだらそれでサヨウナラ 勲章の1つでももらえるかもしれない


南の国で起きている、なんかヤバイ問題があってそこにいかなくちゃいけないんだけど、
それを意図的に気楽な感じを表現している。

別に大したことをしにいくわけじゃない、ただ日焼けでもしにいく感じでいこうよ。

そこでくだばったらそれまでってやつさ、勲章でも貰えたら儲けモン。


南の国へ行こう ダイエットしに行こう
死んだらそれでサヨウナラ 
面と向かってキック されたらどうするんだ?


こちらも同様に、気楽さを加速させる表現。暑い南の国でたっぷり汗かいてダイエットするか、
ぐらいの感じで行こう。

マジで蹴られたらどうしようかなぁ〜、考えるのめんどうだし、ま、いっか。

みたいな。


戦車に乗れるかもよ マシンガン打てるかも
死んだらそれでサヨウナラ
安っぽいヒロイズム 嫌いじゃないもんな


ここから軍事色が強くなってくるが、それでも気軽さを失っていない。

別に大したことない、っていう雰囲気を匂わせている。

戦車操縦できるの楽しそうじゃん、マシンガンぶっ放せるのも楽しそうじゃん。
もしかしたらだけど戦争に強制的に派遣される事実に対して、おかしくなっている気持ちの表現
なのかもしれない。

戦争に行くことを無理やり肯定するような。


安っぽいヒロイズムっていう表現はとてもしっくりきた。
なんか、そんなに高尚なものじゃなくて、悪いやつを正義の味方がやっつけるような、
そんな単純な自分の高揚感、そういうの嫌いじゃない、っていう。

俺は正義の味方だ!と自らを鼓舞していく行為、よくやっ
てるよな、普段から。


愛するあの娘のため 平和を守るために
死んだらそれで サヨウナラ
不条理に不意打ちを食わされたらどうする?


戦争に行く理由なんていくらでもあるぜ。
愛するあの娘を守るためにもなるし、平和を守るためにもなるし、
いいことづくめさ。

という一瞬余裕なのかとおもいきや、そこに社会的貢献意義を見い出せない人ならではの
心理ではないか。
今回の戦争に駆り出されることについてあんまり納得がいってないとこの主人公は感じている。
だからこそこのように強引に、いろいろな理由を見出していっている。



そして最後

やるか逃げるか どうする?



これが言いたいがための曲なんじゃないか、と思うくらいここに集約されている。

で、結局のところ、逃げることもできるし、やることもできる。
それはお前が決めることだ、さあどうする?

そうやって、いろんな挑戦を目の前にして足がすくんでいる心境にメスをいれるかのように、
本質を突きつけてくる。


逃げような自分がいた時に聴きたい名曲です。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(6) | STICK OUT (6th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月18日

ミサイル(作詞・作曲:甲本ヒロト)

ミサイル.jpg


ブルーハーツを好きになった頃は、この曲の意味があまりわからず、
飛ばしていましたが、よく聞いていくと実はとてもいい曲なんじゃないかと思うようになりました。

ラブバラードのようなのですが、その最初の単語が「ミサイル」。
これはラブソングとはかけ離れた軍事的な要素があり
あまりしっくり来ていませんでしたが、おそらくそれは作者である
ヒロトが、そういった軍事的兵器を歌の中に盛り込むのが好きなのではないか、
という推測に達しました。

ヒロトだけでなく、マーシーも、武器とか兵器が好きなのかもしれません。


ブルーハーツ・ハイロウズ・クロマニヨンズの歌の中を思い返してみても

「レーザーガン」「マシンガン」「二丁拳銃」「ナイフ」「ピストル」
「戦闘機」「爆弾」「原爆」「水爆」「ボルサリーノ」「鉄砲」「騎兵隊」

など、たくさん出てきます。これだけ兵器を歌詞に用いるアーティストはそうそういないんじゃ
ないかなと思います。



ミサイルという単語も、思いついた限りでは

「1000のバイオリン」の中に、【ミサイルほどの消しゴム】
それからハイロウズの「ミサイルマン」という曲があり、
やはりミサイルが好きなようです(笑)


 NHK教育テレビ「人間講座」において、ねじめ正一氏が「言葉
の力・詩の力」という講義にてこの曲を取り上げたとのことです。

その中でも語られていたのは


 
この曲中主人公の、献身性はどうでしょう。こんなに素朴で素敵
な「あなたまかせ」の表現を私は知りません。
 ヒットチャートをにぎわす曲々の「愛」という表現に、たいがい
はげんなりとする私ですが、くさみがなく受け入れられます。甲本
ヒロト氏の声質・ボーカル力も、大きいのでしょうけどね。

 「風船爆弾(バンバンバン)」でも述べましたが、「ミサイル」
の道具立ては、やはりこの時期、ザ・ブルーハーツに色濃かったパ
ンク色の現れでありましょう。
 軍事関係の道具立ては、主に甲本ヒロト氏の歌詞に強く表れてき
ます。それはザ・ハイロウズにいたるまで、様々な曲で見られるも
のであります。


ということでした。


(ねじめ正一 言葉の力)




この歌はメロディが大好きで、聴きたくなるのですが、詩がその頃謎だったので
遠ざかっている曲でした。


しかしこのように見てみるととても味わい深い歌詞であり、これはこれでいいんだ、という結論に至りました。

ブルーハーツの歌は、このように後々きいてみると、とてもいい、ということがあり、
最初自分の経験が足りなかったが故に本来素晴らしいはずの作品を、素晴らしいと思えていない状態というのがあるなぁ
と感じました。



出だし

僕を発射台にのせて 飛ばしてみてごらん
花火のように 夜空を飾るよ


ヒロトって詩人なんだな〜と思うのがこれ。

なかなかこんなフレーズ思いつきたくたって思いつかない。


そして、ねじめさんも言っていますが、この主人公の献身性。


君のために、ミサイルになって夜空を照らして見せる、
なんて思ったのはヒロトぐらいでしょう。





昨日君の夢をみた  それは僕のため
チカチカ燃える 導火線なんだね



僕のためにチカチカ燃える、というのは
それが自分のやる気につながっているんだよ、ってことなんだろうか。
夢を見て、よかった、嬉しい、っていう事を表現している。




今夜僕はミサイルに 君は星になる
全てのルール ちょっとだけ忘れて


もしかしてこれはちょっとエロい表現なのではないか、
と推測してしまった。


ミサイルと星って。

ルールも忘れるんだ、って。

今夜はパーリナイ、をロマンチックに言うとこういうことかもしれない。



夜の階段を昇る 星座をつくろう
忘れられない 想い出にしよう


夜が更けていく様子を、階段をのぼるという表現に、
その中で行われた目印のような存在としてのイベント、
それを星座としている。

それがふたりだけの思い出になるんだ、ってめっちゃロマンチックな歌ですね。


ブルーハーツファンでもこの歌をそんなに歌ったり思いいれている人はいないと思う。


故にこういうのを好きだったりすると、ブルーハーツファンの深さがわかるかもしれない。

ああ、聴きこんでるなぁと。



聴きこんで味が出てくる一曲です。
posted by 荒井コウスケ at 10:45 | Comment(6) | TRAIN-TRAIN(3rd Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月11日

休日(作詞・作曲:真島昌利)



これは、ブルーハーツが解散を宣言した時の貴重なラジオ音源です。

曲は15:53秒ぐらいから。12:00ぐらいから解散宣言してます(笑)

次の予定は?ときかれて、解散かなぁ〜と気軽に言っているところ、たまらなく好きです。
彼らのその自然体でおおげさじゃないところが大好きです。やりたければやりゃあいいし、解散したけりゃ解散すればいい。そういう生き方に憧れる。

曲自体は解散に向けて作られたアルバムの曲らしい内容。

歌詞もそのニュアンスを醸し出しているが、
コーラスがマーシーで行われていること(通常ならヒロト)
がそれをより感じさせる。

そのニュアンスどおりマーシーのソロアルバムに入っていそうな曲。

そして内容は、めちゃめちゃマーシーっぽい。
マーシーが書いてない、っていってもマーシーが書いたんじゃないかって思ってしまいそうな曲。

のどかな風景や気分はマーシーは好きだと思うし、それを曲にするのがとてもうまい。それこそがマーシー。少年のようなピュアなハート。

この歌を聴くと、いつも日曜日の午後3時ぐらいの川沿いを思い出す。
ちょうど季節は今ぐらいの、暖かくなり始めた春。

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いつの日か この町を出て行く 僕らだから



この出だしの歌詞から、解散の気分を匂わせる。
それと共に、いずれいなくなってしまう存在の人間という生命体という単位で歌っている。

町を出て行く、というのは単純に引っ越しとかそういう、必然的な距離の移動もあると思うが、
天界に昇ることもそこに含んでいるだろう。

僕ら「だから」という言葉の終わりに、マーシーの意思を感じる。
だからこそ、休日を楽しんでいるんだよ、っていう。いずれなくなっちゃう自分、人生。

Take it easyでそんな深刻にならずに、まあまあ、っていう。



おだやかな日に 風が吹いて
おだやかな日に 列車に乗る

キリンの顔の クレーン車に
カーテンが吹く トランペット


穏やかな気分の休日だと、周りの景色もいつもと違って見える。
いつもはいつものクレーン車だけど、それがまるでキリンの顔のように見えて笑けてくる。

ただ風が揺らしているだけのカーテンも、
そのうねりがまるでトランペットのそれと似て見えてくる。

そんな感じじゃなかろうか。


なにもかもいろんな事を お日様のせいにして
ぼくはボーッとしてる



ここは秀逸。なんか真心ブラザーズの好きな曲(原曲はボブ・ディラン)を思い出した。
「マイ・バック・ページ」





青空がむりやり僕にのんきさを要求する

っていうところ。

お日様のせいにして、っていうのは、ぼーっとしちゃうのは、
何も自分のせいじゃない、お日様がのんきさを要求してくるからなんだ、
そう言いたげ。

日常生活につかれているのだろうか、いろいろ考えることがあっても、
こんだけ晴れててたら、お日様がそんな感じならボッーっとしてしかるべきだよな、
そんな風にこの歌詞をとらえる。


河原で釣りをしてるおやじ
おやじと僕が入れ替わる

野原で野球してる子供
子供と僕が入れ替わる




「入れ替わる」というのは、どんなことだろう。

そんな休日をすごしていた自分と重ね合わせて、
その時の気分、思い出せるぜ、っていうことんなんじゃないだろうか。

そして、「おやじ」「子供」と年齢の対比があるのも意図的だろう。
「おやじ」のその時の気持ちもわかるようになった、
「子供」の頃も思い出すよな、そんな人生があったな、
休日におだやかな気分になって過去や現在を思う主人公。

そんな、休日にふらっと街や川へ散歩にしに行った時のその気分の高揚を歌にしている。

マーシーの曲はこういうテイストの曲があって、とても好き。

その他「脳天気」「ホームラン」「雨上がり」「夜の盗賊団」なんかは、
こういうふらっとどっかへ行こうか、というニュアンスを感じる。

感じるままに、気ままに。

普段考えすぎてしまって、そういう時間を本能的に必要とするマーシーだからかけた曲かもしれません。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(8) | PAN(Last Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする