2015年03月30日

遠くまで(作詞・作曲:真島昌利)

マーシーの反抗心がまだ薄まっていない時代につくられた、
誰もが経験するであろう、鬱屈した想いについて(おそらくそれは青年時代の気持ちに似ている)心情を吐露したナンバー。

押し付けられてられてる 背負わされている
気づかないうちに 目が眩んで

何に対してこれは向けられているのだろうか、
「大人」「社会」「金」「人間関係」とかいろいろあるだろう。

そういうのを全部ひっくるめて、総合して、こういった感情を抱いたのだろう。
学生時代、僕はこの感情が特に強かった。

何かをやらされている気がしていた。今考えたら、全部自分に帰ってくるんだから、
不満を持たず感謝をして生きていこうといえるんだけど、
きっとおそらくマーシーも今考えたらそうなんだろうけど、
その時代はまだ青く経験も少ないから、どうしてもそういう気分になりがちだ。

例えば勉強しなさい、って言われるのだって今だったら、その気持ちもわかるけど、
あの頃はなんでしなきゃいけないかわからないし、社会に適合することや決められたルールの中で
自分を殺して世渡り上手になることが推奨されているのか、疑問を抱いていた。

嘘をついて生きていくことが汚らしく思えた。

そこに染まっていくのがわかるから、気づかないうちに、目が眩んでいくと言っているんだろう。


僕をほどいてくれないか


そんな現在の、しがらみにまとわりつかれた、からまりつかれた身動きのとれないような状態になっている自分を、ほどいてくれないか、と誰にむけるわけでもなく言っている。

そういった息苦しさを抱えている現状を伝えている。

言葉はいつでも あやふやなもので
僕を包んだり 投げ捨てたりする



これは、言葉にしばられているという意味で、先ほどのほどかれたい自分とも少し絡んでいそう。

些細な言葉を気にしてずっとそのことを考えてしまったり、
またはちょっとした一言に救われたりする。それを包んだり、投げ捨てたりする、という表現で歌っている。

この歌詞をきいて思い浮かんだのが、ガガガSPというバンド(このバンドも好きだ)の
「はじめて君としゃべった」という曲の中の



「言葉はいつでも僕を苦しめてばかり だけど救ってくれるのもいつも言葉だったよ」


という印象に近い。

ちなみにガガガSPのボーカルのコザック前田さんは、「人間なのさ」というアルバムの曲解説の中でブルーハーツにハマったということを書いている。
同アルバムの同タイトル曲「人間なのさ」をガガガ版・終わらない歌と表現しているあたり、かなりブルーハーツに入れ込んでいると思われる。


電話のついてる 車にのってる
あなたには僕が 僕が見えますか?


おそらくこれは当時の時代背景で、いまでは電話のついてる車なんてないし、携帯電話が普及してるから誰でも車で電話をかけられるけれど、当時は電話がついてる車が相当高級なものだったんではないか。

それを皮肉って、そんな金持ちのあなたには、僕みたいな人間が、視界に入っているのでしょうか?と訴えかけている。



うさんくさがられ チェックを入れられ
レッテルはられて マークをつけられ



これはバンドをやっていて奇抜なファッションをしていた頃に、きっと周りの人から奇特な目で見られたりしていたその時のマーシーの気持ちも入っているだろう。
これは、マーシー作の名曲「青空」の
「生まれたところや 皮膚や眼の色で 一体この僕の何がわかるだろう」
という一説にも似たような印象を受ける。

つまり、見た目や偏見で自分を判断してほしくない、そういう世の中にメスをいれたい、という想いを
感じる。

その想いを感じる一説が最後のこのフレーズ

遠くまで僕は 歩いて行きたい

そのまま裸足で そのまま裸で


ここで重要なのは、遠くまで行きたい、ということではなく、
そのまま裸足で、そのまま裸で、のところだ。

着飾ったり、いろんな見た目を気にして心に嘘をつくことが嫌で、その現実が世の中にあって、
それに反発している心情を読み取れる。

ありのままの姿で生きていきたい、というのをマーシーからは強く感じる。
ヒロトからもそれを感じるけれど、マーシーには特に強く感じる。
「ロクデナシ」もマーシー作だし。

きっと今のマーシーがこの曲とかを聞き直したら、若かったなぁ、って思うんだろうけど、
このくらいの年齢で聴いている人たちにはきっとものすごく共感を呼ぶんだろう。

青少年の心理をうまく反映させた曲だと思う。実際、自分も学生時代にはこういう歌詞に、
ピタッとはまって共感したし。

それでも、未だにこういう部分は自分にある。少し視野が広くなって、いろいろわかってきたから、
レッテルをはられたりしていることについて敏感ではなくなってはきているけど、

遠くまで僕は歩いて行きたい そのまま裸足で そのまま裸で

という気持ちには変わらない。ただ、その意味が大人になるにつれて変わってはきているが。
鬱屈したものが、少しとれて、どちらかというともっと清々しい気持ちでこの曲を聴けるようになった。

だから別にこの曲は若い時だけの曲だとは思わない。
もっと深く聴ける曲だと思うから。ブルーハーツの好きな曲ばっかり聴いていた時に、
ふとこの曲が流れてくると、改めて聴き直してしまう、そんな一曲です。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(6) | YOUNG AND PRETTY(2th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月23日

パーティ(作詞・作曲:甲本ヒロト)



たくさんの作品を経て、人生経験を経て、
詩が洗練されてきてこの作品が生まれた気がする。

初期のブルーハーツであればこのテイストは出せなかったように思います。

言いたいことがあって、それを直接的にストレートに表現したのが初期の3部作ならば、
このへんの作品というのは捉え方がリスナーの感性に委ねられ、
想像力を使って想いをめぐらした結果もらった感情が、この曲の本質だ、と言わんばかりだ。

そういう意味ではこの曲はすごいその辺に気が使われている。
本人たちは気を使ってつくっているつもりはないかもしれないけれど、
言葉を丁寧に選んで大切にしている雰囲気がありますね。

僕のSOSが君に届かない
交差点は今スクランブルの暗号文で
埋め尽くされた


真っ先に想像するのは渋谷のスクランブル交差点。

20070802_421007.jpg
君に何かを伝えたくて、助けてほしくても、そんな声が届かない、
かき消されてしまうほどの人混み。

人混みの中に、いろんなことがまじっちゃって、言いたいことが言えない、
伝えたいことが伝わらない、っていうのをパーティっていうポジティブな言葉で表した曲な気がする。

心のなかのホントの言葉も、いろんなしがらみとか条件とか、そんなんばっかりで埋め尽くされた日常によってかき消されてしまう。
それをたとえるならば、心の交差点が人混みのスクランブルに紛れて、これを解読するのはまるで暗号文のようだなぁ、そんな主人公の気持ちが読み取れる。


パーティ 賑やかなパーティ


それら全部ひっくるめて、賑やかなパーティみてーだなぁっていう皮肉にもにた、
でも受け手にネガティブに捉えさせない表現。



白く雪のように 舞い落ちるもの
喫茶店で見た 生クリームかヨーグルトならば
積もればいいのに


これって一体何のことを言っているんだろう?
ってずっと考えていたんですが、
パーティという言葉から、何かしらの賞とかで放たれた
紙吹雪のことなんかなぁ、と感じました。

それを冷静に見ている主人公がいる。
どこか冷めている、というような。
これが紙吹雪なんかじゃななくて、ヨーグルトとかだったらいっぱい食べられて
幸せなのに、っていう。

誰かのお祝いとか、自分はあんまり盛り上がってないけど、
周りはわいわいやってて、ちょっと取り残されてる状況とか、
そんな場面なのかもしれません。

パーティ会場のそういった孤独な瞬間とからめて、
人生で感じる孤独のひと場面です。

主人公は人見知りなのかもしれませんね。


本当は大きな声できいてほしいのに
ため息だとか 舌打ちだとか
ひとりごとの中に隠してる


ここで、音楽が静かになって、ヒロトのボーカルを聞かせる
瞬間が来る。

そういう場面て、たいがいヒロトは本質的な言葉を放つ。
きっと考えてそこにそれらの言葉を持ってきている気がする。

人見知りの主人公の、切実な気持ちを、語ってる。

本当は、たくさん聞いてほしいことがあるのに、
人混みのスクランブル交差点に埋もれてしまった言葉とか。

ため息とか、舌打ちして、なんとか表現するけども、
その中に本当の言葉が隠れている。

ひとりごとでは言えるのに。
その後に続くこの歌詞は、ポジティブな方向には行っていないが、
気分転換をする。


いつかいつでもいいから
強い風ならば 僕を抱えて 吹き飛ばしてよ
できれば南の方へ


もう、こうなったら全部吹き飛ばすような、あったい南の国に飛んでいっちまいたいなあ。
いつでもいいから、強い風がきて、このまま飛ばしてくれないか。

そんなちょっと今の現状から救われたいような気持ちが表れている。
ブルーハーツ解散前という当時のヒロトの状況もあったのだろうか。

それは作者であるヒロトにしかわからないが、それを私はそんな風に解釈する。


posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(10) | DUG OUT(7th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月16日

お前を離さない(作詞・作曲:真島昌利)

この歌からは正直、そんなにブルーハーツらしさは感じられないかな。

ブルーハーツというより、マーシーっぽい。


こういう、キザっぽい歌がマーシーにはたまにあるんだよなぁ。


BABYという単語使ってるところとか。


貧乏だけど彼女と一緒にいれるだけで幸せだ、というよくありそうなラブソング。


出だし


お前のそばにいるだけで こんなに幸せな気分
お前がそばにいるだけで 他には何もいらないよ
誰よりも強い愛で お前を守ってあげたい



そこまで特徴的な歌詞ではないようだ。

その通りの意味。それだけ好きだ、ということを表現している。

途中でマーシーが叫んでいるのは
Oh! Baby give me one more kiss!
(もう一回キスしてほしい)
だ。


うーん、普通すぎる(笑)

ごまかしばかりの世の中で
死ぬまでお前を離さない
でたらめばかりの世の中で
本当の事を見つけたよ

このへんはブルーハーツっぽいというか、マーシーテイストがきいていますね。

ごまかし、でたらめ、という反抗的な態度とか。

こういうのは、実話なんだろうか。それとも想像上のことなのか。
マーシーの恋愛ってよく考えたら全然語られてないな。

どんな感じなんだろう、と想いを張り巡らせる。

誰かが後ろ指さして お前のうわさをしてる
まともになれと言われても 死ぬまでお前を離さない


うわさをされているほどモテる彼女なのだろうか。
それとも、そのあとのまともになれ、という一節から
そんなにまともじゃないふたりなのかもしれない。

まぁまともってなんだよって話ですが。

見た目がパンクスタイルで、世間一般では奇抜とされている
格好をしているのかもしれない。

普通に歩いていたら職質されるような。



愛じゃ家賃は払えないと大家さんは怒るけれど



家賃を滞納しているほどお金がないのだろう。
バンドで売れることを目指して耐えてるのかな。

だとしたら、耐えて正解だよね。だってマーシーこんだけ
すごいバンドとして君臨してるから。

今の奥さんとの逸話だとしたら感動ですね。

それで、奥さんとマーシーのなれそめとか気になって調べてみたんですが、
全然見当たらない(笑)

ネット上にもほとんど情報はなく、マーシーってインタビューとかでもあまり語ってるイメージないから、
たぶん本当の知り合いとか友達じゃない限りわからないんだろうな。


知りたいですね。一説によるとファンという噂がありますが、ほんとかどうかわかりません。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(2) | TRAIN-TRAIN(3rd Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする