2014年12月29日

スピード(作詞・作曲:真島昌利)


「スピード」という覚せい剤を意識した歌なんじゃないか、
と思った。

最初は、「ロックンロール」の超越性をスピードの持つ何にも代えがたい
超越性と重ね合わさえて歌われていると思っていたが、
「スピード」という覚せい剤なんじゃないか、という発想がでてきて、
そのように聞いていくと確かにそうと思える内容だなぁと。

もしくは、これは覚せい剤のように麻薬的な要素のある、
ロックンロールなんだぜ、っていう歌とも捉えようと思えば捉えられる。

最初の出だし


ギターを弾く音がする
ベースを弾く音がする
ドラムたたく音がする
歌いまくる声がする
スピードをつけながら笑ってる



幻聴がきこえてくるような感じ。

ギターやベースの音もそうだけど、
「歌いまくる」っていうあたりが常軌を逸している感がでている。

それは耳鳴りのように、いろんな曲が同時再生されることの表現か。


UFO見てる奴がいる
幽霊見てる奴がいる
大手を振る奴がいる
オーディオ聴く奴がいる
スピードをつけながら笑ってる


UFO見てたり、幽霊見てたり、これは幻覚のことか。

大手をふる、オーディオをきく、というのはただのシャレの要素っぽい気がしている。

「おおでを」「おーでぃお」が似ているというだけの。

遊び心の要素が強い。

というか、そもそもこの歌自体に遊び心を感じる。
真剣に歌われた他の歌の中で、これは、「こんな感じのもあって面白いんじゃねえ?」って思って
つくるような。


雷よりでかい音
魔人が今日歩きだす
稲妻より鮮やかな
話す言葉意味不明


砂漠よりも渇いてる
何もかもがわからない
泉よりも濡れている
その姿は風のよう
スピードをつけながら笑ってる





実態のなさが、風と表現されていて、
雷よりでかい音、稲妻よりも鮮やか、砂漠よりも乾いている、泉より濡れているとか、
支離滅裂な感じの例えなんじゃないか。

そんなものがこの世にあるのか?という。


それにしても、そういう表現ができるところがさすが、という感じ。


なかなか雷よりでかい、とか簡単そうだけどでてこないよ。


これらの表現を、ロックンロール、と置き換えてもなんとなくしっくりくるのは、
ロックンロールにも中毒性があるからだろうか。


ヒロトは、ロックンロールがすべてだ、と言い続けているし、
ヒロトにとってのスピードは「ロックンロール」なんだろう。


深読みせずに聞いていると、速さを表すスピードの感じで、
テンション高めに聴ける歌です。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(2) | BUST WASTE HIP(4th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月22日

台風(作詞・作曲:真島昌利)



これは、特に何かのたとえというわけではなく、



自然現象そのものの脅威を単純に歌っているんだと思う。



そこから派生して、どうしようもない、抵抗のできない現象への驚きや人間の無力さ、

そういう場面ってあるよな、っていう驚嘆を表現しているのではないか。


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台風が来る 景色が変わる

台風が来る 記録破りだ



気象衛星 ひまわりでさえ

観測すらも できないやつだ

古い大木も 倒され

根こそぎ飛ばされてしまう





景色が変わるほど、記録破りののどでかい台風。

ものすごい、人間の力じゃどうにもできない世の中の流れ、

地球の抱えている運命がある。

人間がつくった、「ひまわり」という超優秀な気象観測機でさえ

無力だ。自然は人間の技術を超えてきたのである。



歴史ある大木すらも、一層する。

何もかもなくなるほどのインパクト。 



泥棒よりも 早い逃げ足

強盗よりも 強引なやつ



ここも、「泥棒」とか「強盗」を使ってるあたり、人間との対比のような気がする。

どんな人間でも、自然の脅威には逆らえない。



そして、この歌のなかで最も秀逸な名フレーズはこちら



情報やデマが飛び交う 声のでかいやつが笑う




この曲が発表された当時よりも、この情報やデマというのは、インターネット社会の加速によって

この詩の重みが増している。

情報の氾濫によって何が正しいかわからなくなっている中で、声が大きい目立つ人間が発言力、権利をもつようになっているという事実を歌っている。

派生して声のでかいやつ=権力者 という捉え方も出来、世の中の原理を皮肉っている印象もいだく。


人間社会のそのような、ちっぽけな争いを、台風よ、一層してくれないか、そんな心情も読み取れないこともない。これが歌っているのがブルーハーツだから、そうやって考えられるのかもしれないが。



ヒロトやマーシーの書く曲の特徴として、決め台詞を最後の方に持ってくる、というのがあるけれど、

今回もそれが表れている。



一見素通りしてしまいそうな曲だが、よくよく聴いてみる何か意味があることがある。

その代表例です。
posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(6) | STICK OUT (6th Album) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

1985(作詞・作曲:甲本ヒロト)



ブルーハーツ結成初期の、デビュー直後の曲。
スーパーベストが出るまでは未公開だった。

結成直後の1985年に完全自主制作シングルとして制作され、当時から本人たちは、
「これは1985年だけの曲であり、ライブでやるのも音源として発表するのも1986年になったらやめる」と公言していたらしい。
本当にそうしたので、
解散直後に出したベスト・アルバム『SUPER BEST』に収録されるまで、長らく幻の1曲となっていたとのこと。

ブルーハーツは時折社会派と称されることがあるが、
こういった反戦ソングを歌っていたこともあっただろう。

非常に重みのある歌詞。

1985 国籍不明の
1985 飛行機が飛んだ


国籍不明の、というのは例の広島・長崎、原爆投下のことだろう。
国籍不明、と言っているのは、どこの国で作られたかなんてしらねえけど、っていう想いも入っていそう。


風を砕くのは銀色のボディー


風を砕くほどの爆風を持つ原爆投下。
おそらく有名なB−29のことだろう。


謎のイニシャルは誰かの名前



これは、確認はしてないけど、誰かがそこに関わっているんだ、っていうニュアンスだ。
それが飛行機に刻まれていたのか、爆撃をくらった街のどこかの壁なのかわからないけど、
そこにそういった人が存在していた、ということを訴えているようにも感じる。

もしくは、エノラ・ゲイと呼ばれる、B−29に刻まれていた、製造者のことか。

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僕達がまだ生まれてなかった
40年前戦争に負けた
そしてこの島は歴史に残った
放射能に汚染された島

この一節の重みが、奇しくも当時よりも増している・・・。

2015年になったら、ついに「70年前戦争にまけた」に変えてカラオケで歌えるだろう。
ちなみに2005年のときは、「60年前戦争にまけた」とカラオケで変えて歌うのが楽しかったです。

この当時のことは、やっぱり原爆によって引き起こされた様々な弊害、
放射性物質を含有した「黒い雨」をこの時のブルーハーツは良く歌い、
さらにそれを包括して「放射能に汚染された島」と表現しているが、

その言葉が繰り返されることになろうとは、当時のブルーハーツは知る由もない。

今回は人工的ではなく、津波の災害であるが、「放射能に汚染された」ことに変わりはない。


1985 求めちゃいけない
1985 甘い口づけは
黒い雨が降る死にかけた街で
何をかけようかジュークボックスで


なんで甘い口づけを求めちゃいけないのか?

それは、求めても手に入らないことがわかっている、けだるさのような感情だろう。
もう、この街にそんな甘い夜は訪れない。

死にかけているこの黒い街で、僕たちは何ができるんだろう?
これからどう変えていけばいいだろう?

1985年当時の、学生運動が盛んなパワフルな時代のバックボーンが思い起こされる。

私が生まれたのは1987年で、当時の状況は聞いた話でしかないんだけど、
高度経済成長期を通り過ごし、さらにバブルがやってくる目前の、日本全体のエネルギーの総量は
今よりもすごかったんじゃなかろうか、と想像する。

どんどん、日本が豊かになって、何か変えてやろう!って立ち上がる若者が、たくさんいたに違いない。

ちなみに「ジュークボックス」とは、音楽の自動販売機みたいなもので、コインをいれると音楽が再生されるらしい。今となってはiPodにいれて持ち歩けば、必要なさそうだ。時代のギャップを感じる。

1985 今、この空は
神様も住めない そして
海まで 山分けにするのか
誰がつくった物でもないのに



これはシャララのくだりでも出てきたけど、その時は「お天気の神様」がさようならも言わないで黒い雨を降らせている、と歌われていた。
神様が住めないくらい汚れてしまった、という嘆きだ。

そして人間の愚かさをトータルして歌う。
海に線をひいて、ここからここが誰のもので、なんて決めないとやっていけない人間の愚かさ。

この海は俺のものだ、誰にもあげない、なんてケチくさい。けどそれが人間。
海なんて誰がつくったわけじゃないのに、それを分けようとする。

皮肉な表現だ。


1985 クリスマスまでに
サンタクロースのおじいさんの
命が危ない


この箇所は、サンタクロース=夢を子供に与える存在
の象徴として表現されていて、
そういう希望のようなものが生きていけない、排除されるような空気感を言ってるのではないか。


1985 選挙ポスターも
1985 あてにはならない



「国のために」と書かれた選挙ポスターが宛になった試しがないじゃねえか、
そんな当時の政治への汚さや無力さとか、そういったものを揶揄している。

僕達をしばりつけて 一人ぼっちにさせようとした
すべての大人に感謝します 1985年 日本代表 ブルーハーツ


これはすごい表現だなぁ。皮肉ですよ。
たまにこれをわかんない人がいますが、皮肉です。きっとそういう人は大人にしばりつけられた経験がそんなにないのでしょう。

「なんで感謝するんですか?」ってそのまままじめに捉えてる人がいたからな。


しばりつけてくれたあんたらのおかげで、こっちはすげえ大事なことに気づいちまったよ、よくぞひとりぼっちにさせて苦しめてくれた、ありがとう大人、っていう。究極の皮肉なんですよ。

やりたくないことを無理やりやらせたり、劣等生は排除したり。

その反骨心むき出しでブルーハーツはしばらくやっていくみたいなスタンスだし、本気で思っていたのだろうな。


そして、この頃別に人気があったわけでもないのに、「日本代表」と言っちゃってるあたりがすごい。
大物感が半端じゃなかっただろうな。
当時の若者はこのフレーズで一瞬にして心を掴まされただろう。


なんていうか、私は、
体裁をつくろうことで、嘘をついてその場をやりぬき、信念をまげて薄っぺらい笑いを満たして生きていくような空気感に、たまらなく反抗したくなる時期があったから、この言葉が、その意図するところとは違うかもしれないけど、とても響いた。


個性とか発揮してんじゃねえよ、はみ出し者めが、みんなまともなフリして嘘ついて生きていくのがいいんだよ、みたいな感じを出してくる集団に、今だって一人だって噛み付いてやろうと思ってる。問答無用でおさまらない時が、何回かあるんだ。

そんな精神を、私は一生忘れない。

それを呼び起こさせてくれる、大事な一曲です。

posted by 荒井コウスケ at 07:00 | Comment(8) | その他シングル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする